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 結局、奇麗事だけじゃ生きていけないんだ。親の金で生きてた頃とは違う。何も考えずに、ただ訪れる日々を流してきた、あの時とは違う。生きていくためには金が要る。金を稼ぐには仕事をするしかない。しかし、その仕事が与えられないのが現状。高卒程度の学力なんてたかが知れてる。今の時代、そんなものは意味を成さない。ちなみに俺は、その無意味な人間の一人だ。本気で勉強をしたいやつらがいく大学。そこにいくにも、もちろん金が要る。結局は金がないと勉強もできない。まぁ、俺は初めからしたくもなかったのだけれど。勉強が出来ないと、当然就職なんてできない。誰にでも出来るような簡単な仕事は、全て機械がやってくれるから。そのくせ、モノを買うには相変わらず金が要る。この国に生きていれば税金だってかかる。そんな無常なサイクルで、世界は変わらず回り続けている。サイクルの初めも終わりも、結局は”金“なんだ。じゃあ、その中心となる金はどうするのか。そのサイクルに入りきれなかった人間。つまり、社会の流れから外れた人間。俺も含め、そんな人間に残された選択肢は二つ。罪人か、死人か。
 昔はよく、自殺するやつは弱い人間だなんていわれていたらしい。しかし、その数は年を追うごとに増えている。人間は弱くなってしまったのか。違う。自殺者が弱い人間だとするならば、罪人も含め、生きている人間は強い人間なのか。違う、そうじゃない。基準が定まらない以上、弱い人間も強い人間もないはずだ。誰かのために死ねるというのは凄いことだと思う。他人のためならなおさらのこと、それが例え自分のためだとしても、それはある意味勇気のあることだ。だけど俺は死にたくない。死ぬことが強い意思だとも思わないし、いいことだとも思えない。やりたいことがあるわけじゃないけど、世界に負けた気がするから。こんなクソみたいな世界にでも、どうにかして生きていたかっただけ。罪を背負ってまで生きる価値があるのかどうかなんてわからない。そこまでして生きることに、意味があるのかもわからない。だけど、生きてさえいれば、いずれ何かできると思ったから。死んだらそこで、ゲームオーバー。生きていれば、何か見えてくるかもしれないし、ふとした拍子に逆転できるかもしれない。それは単なる言い訳にしか過ぎないのかもしれないけど、俺はそんな考えしか出来ない最低人間かもしれないけど、そんな俺が生きるべき場所は、今この場所にしか残されていない。

 あの出来事があったのは、一年も前になるだろうか。つまり俺は、ミサキと一年も一緒に暮らしていることになる。別に置いてくれと頼んだわけではない。それがミサキの願いで、俺の唯一生きる道だったから、ここにいるだけ。利害関係が一致した、とでもいうのだろうか。誰かに必要とされる事が生きていく理由なのであれば、俺の生きるべき場所はここにしかない。詳しい理由を語るとなると、話はまた、あの日のことに戻ってしまうのだが……。
 血にまみれてパニックに陥っていた俺を、ミサキはじっと、冷たく見つめていた。止まらない涙の先に、微かなヒカリを含んだ瞳で。そのヒカリは恨みなのか、それともただの悲しみだろうか。俺に向けられたものか、姉に向けられたものか。違いはたったそれだけ。それだけでも、大きすぎるほど十分な違い。しかし、それすらも解らないほどの、微かなヒカリだった。
 最初に言ったけれど、俺だって殺すつもりはなかった。ただ、弱いやつを踏み越えてでも、自分は生きていたかった。そんな汚い人間だということは認める。だけど、人の命を背負うなんて重すぎる。命の重さは、関係していた人間によって決められる。ミサキにとっての姉という存在は、それほど大きかったのだ。だから今、目の前で起こした罪が、言葉では言い表せない程の悪事だということは、十分自覚していた。でも、もうどうしようもない。この状況で死体を処分する以外、俺に出来ることなんてない。
「殺したいなら殺せよ……」
 俺が呟くと、ミサキは姉の体を抱きしめたまま「どうして?」と首をかしげた。
「自分じゃ……死ねないから……」
 死を持って、死を償え。目には目を、というやつだ。こんな世界に生きてきたからかもしれないが、俺にはこれ以外、償いの方法なんて浮かばなかった。いくら悪いと思っていても、自分を殺すなんてできない。今でも死にたいわけじゃないけど、ここまでして……こんな、後悔までして、苦しんで……そこまでして生きている自分が、バカらしく思えた。彼女の命にくわえて、目の前の少女の気持ち。その重圧に押しつぶされそうな自分。ここまで惨めになるとは思っても見なかった。
「恨むくらいなら、殺してくれ」
 もう一度、呟くように言うと、ミサキは目をそらして、既に生気のない姉の顔を見つめ、答えた。
「私は犯罪者になんてなりたくない」
「あぁ……俺みたいにはなりたくないだろうな」
 当然のように突きつけられる冷たい言葉が、妙に腹立たしく思えて、そんな不真面目な口調で言い返してやった。
「殺せよ。正当防衛とでもいえばいいだろ?」
「嫌です」
「俺はお前の姉ちゃんを殺したんだぞ?」
「嫌です」
「いいから殺せよ!」
 自分で自分を責めてるだけで、十分苦しいってのに。恨みを押し付けられるくらいなら、いっそ死んでしまおうか、と、ようやく動き始めた思考の半分以上は、やけになっていた。どうせここにいなければのたれ死んでいたんだろうから、今更惜しむものでもないだろう。少しばかりの恐怖と、負けた気になってるその悔しさ。それにさえ耐えることが出来たのなら、恐れることはもう何もないはずだ。

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とっぷ りすと
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