「わたしは淳のことなんて絶対好きにならない」

その言葉が思い切り俺の心をえぐったことに、聡子は気付いただろうか。

どうせ実らないことくらい薄々気付いていた。だけど、それはオレが勝手にしていた最悪の想定。あくまで想定でしかない出来事だった。

それが今、本人の口からはっきり事実であると伝えられたのだ。

元々はオレが吹っかけたようなものだが、それでもやっぱりキツい。

「そいつに好きな奴がいたらどうするんだよ」

「……諦めないよ」

「じゃあオレも諦めない」

折れた心を必死に支えるために、壊れかけの意志をかき集め、言葉にする。

こんな最悪の事態に陥っても尚その場に留まっていたのは、これが最後の時間だと思ったからだ。今すぐ逃げたいけれど、今逃げたらもう聡子とはニ度と喋れないだろう、と。

今まで散々女を振ってきた罰があたったのだろうか。酷い振り方をしてたつもりはないが、小さな怨念も集まれば大きな悪霊になるのかもしれない。

そんな、非現実的なことまで考えていた。

「で、誰なんだよ」

「何が」

「好きな奴」

「淳には言わない」

「嘘なんじゃねぇの?」

「嘘じゃないもん」

大声と一緒に振り下ろされた手を反射的に止める。その腕が思いの外細くて、折れてしまうんじゃないかと心配になった。

「離してっ!」

「お前が手ぇ出したんだろ」

「っ、離して、ってば!」

「で、そいつがオレよりお前のことわかってくれんの? 大切にしてくれんの?」

「知らない! 淳には関係ないでしょ!」

「あるから聞いてんだろ」

聡子は抵抗をやめ、振り払おうとしていた腕を止めた。掴んでいた手の力を緩めると、聡子は自由になった腕で顔を覆った。そして、ぐずぐずと泣き声が聞こえてきた。

「え、何だよ、何で泣くんだよ」

慌てて離れたが既に遅く、聡子はその場に泣き崩れてしまった。

オレだって泣きたい。初めて告白して振られただけじゃなく、しつこく粘った上に泣かれるくらい傷つけたなんて、最悪すぎる。

居心地の悪さを感じながらも、もちろんここで聡子を置いて帰るにもいかず、小さくなった聡子をただ見下ろす。

「……悪かったよ」

沈黙に耐えかねて謝ると、震える声で「馬鹿」と返ってきた。

「好きな子がいたら諦めやすい、って……自分で、言ったじゃん」

「は?」

「早く……諦めて、よぉ」

こうまで必死に言われるなんて心外だ。幼なじみで毎日顔を合わせ、友人として楽しく会話している仲なのに。

「それは、オレにコクってくる女にそういうやつが多いってだけで、オレのことじゃねぇよ」

諦めがよければここまで引きずるわけがないだろ。他の女と付き合って、お前のことなんて忘れてるよ。

「何なんだよ、嫌なのはわかったからもう泣くなよ」

「触らないでっ!」

頭を撫でようとした手は触れる前にすごい勢いで払われる。続けて同じ調子で聡子は冷たい言葉を並べた。

「もう近づかないで、あっちにいって、嫌いになって!」

「だから何なんだよお前、悪かったって言ってんじゃん」

「優しくしないでよぉ……」

「何でだよ」

「私が聞きたいよ。何で優しくするの?」

「お前が泣いてるからだろ」

眉を潜めながら見つめると、上目遣いで見上げる聡子と目が合う。

聡子はまた泣き顔になりながら俯き、再び「馬鹿」と呟いた。混乱しながら、先ほど切れたはずの希望を拾い上げる。

そして浮かび上がる、アマネ先輩の言葉。

「もしかして、ホントにお前、オレのこと好きなの?」

「ホントにって……何よ……」

「アマネ先輩が言ってた」

聡子は眉間に皺を寄せて「ずるい」と、的外れな答えを返した。

「何がずるいんだよ」

「だって普先輩、淳の好きな人、わたしには教えてくれなかったくせに」

そんなの勝手だろ、って思ったけど、こういうところで突っ込むと面倒だから口にはしない。

「っつか、ホントなら何で断るんだよ」

「友達に、悪いもん」

「またその理由?」

「また……?」

「覚えてないなら、いい」

オレの心の中を読み取るように向けられた聡子の視線から逃げるように、オレは目をそらした。

それはオレが告白を躊躇っていたもうひとつの理由。中学に入って二週間目、今でもはっきり覚えている。

「もう一緒に帰るの、やめるね」

あまりに突然のことで、「はぁ?」と言うのが精一杯。中学ってそういう場所なんだ、と理解しようとしたが、ショックは相当なもので、心がついていかない。

「何で?」

「友達に、悪いから」

オレには全く理解できない女の世界。

「……で、友達に悪いって、どういう意味?」

以前聞くことができなかった理由を、今再び問いかける。

「だって、淳のこと好きな子だっているのに、わたしが付き合うなんて、悪いよ」

「いや、わけわかんねぇし。両思いに悪いとかあるのかよ」

「あるよ。幼なじみで近くにいられるのに、何だか、抜け駆けみたいだもん」

全くもって納得いかないが、聡子はそうはっきりと答え、間違いないといいたげにオレを見ている。

こいつらは、この先もそんなことを考えながら生きていくのだろうか。女って大変だな。

「オレはそんなの自己満足だと思うけど」

聡子はオレの言葉を聞き、眉を吊り上げた。けれどオレは、続ける。

「オレの気持ちもお前の気持ちも満たされなくて、加えて友達がお前の考えを知ったら気分よくねぇんじゃねぇの? 誰か得してるか? 大体お前の友達はそんなこと思うやつなわけ? それって、友達としてどうなんだよ。性格悪いだろ」

聡子は俯いてその言葉を聞いていたけれど、暫くの沈黙の後、「そうだね」と、小さく呟いた。

「けど、わたしより淳の方が性格悪い……」

「どこが? この前は優しいっつってたじゃん」

「好きなの、黙ってたなんて、酷い」

そのむっとした顔は、いつもオレがからかったときに見せる表情と、同じだった。

「付き合う気なかったやつがよく言うよ」

「淳にはわかんないのよ、女の子は色々あるんだから」

「知ってる。お前に散々聞かされてきたからな」

聡子がクスリと笑い、ようやくいつもの調子に戻る。

「今日から一緒に帰るぞ」

でも、とまだ煮え切らない態度を見せる聡子の言葉を遮り、手を握る。

「もうお前は幼なじみじゃねぇんだから」

何年ぶりかに繋いだその手は、記憶よりも小さい気がした。


END


久しぶりすぎるほのぼのエンドでいいと思います。




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