キャスリング

彼女が虐めのターゲットにされていることに気付いたのは偶然だった。

想いを募らせ早半年、ようやく決心がついた僕は、いつも気になっていた彼女にラブレターを送るところだった。

散々思い悩んだ末、下駄箱の中に手紙を入れるという何とも古典的な方法に決めた。名前は書かなかったのだけれど、自分に自信のなかった僕は、気持ちを伝えることだけでも精一杯の勇気を使った。

心臓を高鳴らせながら彼女の下駄箱を開くと一通の手紙が入っていた。先客がいたことにショックを受けた僕は、その封筒を掴みとると、そのまま家まで走って帰った。自分で書いたラブレターを入れる余裕なんてもちろんなかった。

玄関を閉めて一息ついたとき、ようやく少しの罪悪感が芽生えたけれど、僕にとってはライバルにあたる人間が誰なのか、その方が今は重要だった。

手にしていた封筒はぐしゃりと潰れ、汗で少し湿っていた。それを開いて中の手紙を取り出す。

そこに書かれていた文字を見て、僕は思わず「わぁっ!」と叫んでしまった。心臓を掴まれたみたいに一瞬だけ強烈な苦しさがやってきて、しりもちをつきかけた。ドアを背にしていたお陰で、幸いこけることはなかったのだけれど。

手紙はたった一文だけ、太くて大きな文字が並んでいた。

『ゴミは早く死ね』

紙の真ん中にサインペンで殴り書きされている。

一瞬自分が貰ったものだと勘違いして吐き気がした。けれどすぐに、これは彼女の下駄箱からとってきたものだった、と思い出す。

僕はホッと息を吐き、その手紙を持ったまま部屋へと戻った。

ベッドに横になり、他人事だと感じたせいか、妙に冷静に考えた。

誰がこんなことをしているのだろうか。彼女はいつもこんなものを入れられているのだろうか。

そして、思った。僕が彼女を助けてあげよう、と。


翌日の朝、昼休憩に彼女の下駄箱を覗いた。しかし何も入ってはいなかった。

放課後、鞄も持たずに行ってみたが、封筒はまだ入っていなかった。

携帯を開いて弄るふりをしながら暫く待っていると、数人の女子が楽しそうに話ながらやってきた。顔は見たことがあるが、名前は浮かばなかった。そして、その笑顔を浮かべたまま、彼女の下駄箱に封筒を入れた。

女子がいなくなった後、僕はまたこっそり抜き取りポケットに押し込むと、教室へ戻った。

彼女はまだ友達と話していた。何気なく様子を伺いながら、同じタイミングで玄関へと向かう。

何も入っていないことに気付いた彼女は、ホッとした様子で靴を取り出した。

僕は何もできないと思っていたけれど、こうして彼女を救うことができた。自分に少しだけ自信が持てた。

ある日は死という文字がまんべんなく印刷された紙に、口紅らしき真っ赤なもので『殺』という文字が大きく書かれていた。関係のない僕が見てもそれは恐ろしいものだった。紙そのものではなく、ここまでしてしまうその憎悪を恐ろしく思った。こんなものを見たら彼女は傷つくという程度では表せないくらい衝撃を受けるはずだ。

僕はそれをぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。そして、メッセージを書いた一枚の紙を、僕は彼女の下駄箱に忍ばせた。

『あんなの気にしなくてもいいよ。僕は知ってるよ、君がとても優しい子だってこと。』

女子が入れているものとは違うことをアピールするため、折り紙を使った。もちろん、あんな殴り書きではなく、丁寧に書いた。

反応が怖かったので、その日は見守るのをやめにした。

それから僕は毎日紙を抜き取り、たまに折り紙を入れておいた。メッセージには毎回悩んだけれど、彼女の様子を見ていると自然と浮かぶようになった。彼女からの返事はなかったけれど、僕の気持ちが彼女の目に映っているのだと思うと気にもならなかった。

しかしその乱暴な紙は二日に一回、三日に一回と減っていき、そのうち入らなくなってしまった。僕が抜き取っていたことに気付いたのかは定かではないが、彼女が紙を目にする頻度が下がったために昔のように笑うことが増え、相手も飽きたのかもしれない。けれどこの紙が全く入らなくなってしまえば、彼女は僕の存在を忘れてしまう。

僕は数日考え、パソコンで似たようなものを作って入れることにした。再び彼女は傷つくかもしれないけれど、今までたくさん助けてきたのだからそれくらい許されるはずだ。

実行した最初の日、彼女はやはり下駄箱を覗いて笑顔をなくした。胸が痛んだけれど、僕は僕の存在を忘れて欲しくなくて、その表情から目を反らした。

それから僕は、たまに僕が抜き取れなかった風に装い、暴言の書かれて紙を入れた。物陰から観察していたが、彼女は必ず紙を開いた。それが折り紙でも、コピー用紙でも、広告の裏でも、ルーズリーフでも、同じだった。見なければいいのに、そうして律儀に見てしまうところも、何だかかわいかった。

しかしそのうち、再び元気のなくなっていく彼女の姿に、見てみぬふりをすることが苦痛になっていった。彼女のことが好きなのだから当然だ。好きな子が悲しむ姿を見て嬉しい人間なんていない。肩を落として帰る彼女の後ろ姿を見つけると、切なくなった。

どうすればいいのだろう、と悩んだ結果、僕が姿を見せるしか方法はないという結論に至った。彼女の幸せと、僕の幸せを同時に作るにはそれしかない。

第一、最初はそのつもりだったのだ。あの日はタイミングを逃してしまったけれど、今再びチャンスがきたと思えばいい。

それに気付いた僕は、折り紙の真ん中に一言だけ書いた。

『君が好きです。』

いつもはもっと色々なことを書くのだけれど、こういう特別なメッセージはシンプルなのが一番だ。

下駄箱に入れてから10数分、彼女が生徒玄関へとやってきた。意を決して覗くと、ちょうど彼女が下駄箱を開くところだった。

恐る恐る紙を開き、彼女が僕の想いを読む。

読みおわったらしい彼女は、唇を震わせ、手紙を抱き締めるようにしてその場にうずくまった。泣いているのか、小さな声が漏れている。

僕に勇気を下さい。君の前に現れるための勇気を。今、僕に足りないのは、それだけに違いないから。

僕は大きく深呼吸して、靴箱の陰から足を踏み出した。

顔を上げた彼女の瞳は真っ赤で、思っていた通り涙で濡れていた。

「あの……」

「な、に……?」

彼女は涙を拭いながら立ち上がる。

「それ」

彼女の手に握られていた手紙を指差し、僕は言った。

「ぼ……僕が書いたんだ」

途端に響き渡る絹を裂くような悲鳴。どこから聞こえてきたのか、すぐに判断することができなかった。

ゆらゆらと視界は霞み、さわさわと血液の流れる音がする。

まるで根でも生えたかのように足が動かなくて、死にもの狂いで走り去る彼女の背中を、僕は呆然と見つめるしかなかった。


おわり。



まぁ結論は※ってことですよね。死にたい。

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