Jabberwocky
(清宮静華)


わたしは今、あなたにどれだけ近づけましたか。

読み返して間もなく、出だしから重すぎる、と、ため息とともに視線を外す。
たまに、わたしの言葉は難しいと、みぃくんから指摘されていた。それが遠回しの言葉だと捉えればつまり、わたしの考えは理解しづらい、ということ。今、この状況で素直な気持ちを伝えることは、本当にいいことなんだろうか。

手紙にしているのは、返事が来なかったときに諦められるからだった。メッセージが途切れたときのあの不安が、手紙にはないから。こんなときでさえ自分が傷つかないように逃げている自分がとても嫌だ。

男の子は女の子と距離をとるようになるのだという話を弟がいる友人から聞いたこともあった。それに、高校生というのは忙しいんだろう。勉強だって難しくなるのだろうし、テストも多いのかもしれない。放課後には部活も、友達との付き合いも……もしかしたら彼女だって、いるのかもしれない。だから、わたしがもらえる時間なんて、なくて当然のこと。

スマートフォンのSNSを開くと、メッセージは一ヶ月前で止まっている。時間が経てば経つほど送りづらくなるとは思いながらも、ここ最近はこうして開いてメッセージを打っては、送信ボタンを押せないまま閉じてしまい、次に開いたときにようやく消す、ということを繰り返していた。
もう半年近く、みぃくんの方から連絡は来ていない。わたしが連絡すれば返事はくるけれど、それもあまり長いやり取りではなくて、わたしが一方的に話しているだけ。言わば独り言を押し付けているようなものだった。

わたしが悪かったのかもしれない。いや、悪かった、のだ。
彼が背中ばかり見せていた訳じゃない。彼が先を行っていたわけじゃない。わたしがただ、自ら下がっていただけ。

「いつまで起きているの? そろそろ寝なさい」

母からの電話。電力モニターを見たのだろう。わたしの家は、リビングのドアの横にあるモニターで、すべての部屋の電力使用量が表示される仕組みになっている。電力の見える化で無駄遣いを無くせるのだそうだ。
けれど、こうして母が声を掛けるのは、何も電気料金が気になるからではない。わたしを心配してのことだ。それが監視されているようで窮屈な気がするのは、わたしが苛立っているからなのだろうか。

「ごめんなさい、少し……言葉がなかなか思い付かなくて、もう少しかかりそうです」

半分の本当を伝えて、再び机の上の手紙に向かう。明日は入学式。代表挨拶を任されることになったわたしは、その文言を考えるために起きている、ということにしていた。そうでも言わないと、何かあったのかとしつこく問いただされることが分かっていたからだ。

それでも、さらに30分が経過したところで、部屋の明かりは消すことにした。机のライトに照らされた手紙とようやく離れることができた頃には、夜中の1時を回っていた。

ただ、前のように戻りたい。それを伝えたいだけなのに、手紙は3枚にまで増えてしまっていた。
折り畳んで真っ白な封筒に入れ、水玉のマスキングテープで封をすると、わたしはそれを制服の内ポケットにしまった。



翌日、入学式も無事に終わり、みんなが下校していく中、わたしは一人、その波に逆らうようにして二年生の教室へと向かった。

彼の姿を探しながら廊下を進むと、一番奥の教室にみぃくんを見つける。ひとつしかない扉とはちょうど反対に当たる教室の隅で、鞄を持って友人と歓談しているところだった。
真新しい制服なこともあってか、入り口にいた女子生徒たちが「誰か探してるの?」と、親切に声を掛けてくれた。緊張しながら彼の名前を告げると、彼女たちは幾分驚いたような表情を浮かべたものの、その中の一人がすぐに彼の場所へと向かった。

みぃくんの反応が怖くて、彼女の姿を追うことはできなかったけれど、間もなくみぃくんが、わたしの目の前にやってきた。気配に顔をあげ、一瞬だけ目が合う。けれど、二人ともほぼ同時に、ふっと視線を外した。

やっぱり何かあるのだ。わたしとみぃくんの間に、自分には分からない何かが。

「みぃくん、これ……あの……」

震える手でポケットから手紙を取り出し、押し付けるように彼の胸の辺りに突き出す。
どういった意図なのか、せめて一言だけでも伝えられたらと思っていたのに、何も言えない。読んでほしい、とさえ、言えない。

先ほど代表挨拶をしたばかりなせいで、何人かには気づかれたらしい。「あんな優等生と知り合いなのか?」「もしかしてラブレター?」なんて、隣から冷やかすクラスメイトを「ただの幼馴染みだよ」とあしらいながら、彼はその封筒を半分に折り畳んでポケットに突っ込んだ。

さっさと先ほどの席に戻り始める彼に背を向け、わたしは教室を出てすぐに見える階段を早足で降りる。
一応受け取ってはもらえたけれど、結局、言葉どころか目も合わせてもらえなかった。彼が読んでくれるのか、それさえも今は疑わしい。わたしの知る彼ならばきっと読んでくれるはずだけれど、今のみぃくんは……わたしが見ている彼は、どうなのかわからない。

わたしが追いかけているみぃくんは鏡に映ったら偽物で、近づけば近づくほど、本当はみぃくんから離れているのかもしれない。そんなことすら考えてしまう。

靴を履き替え、生徒玄関を出てすぐ、鞄からスマートフォンを取り出し、電源ボタンを押す。
返事なんて期待したくないのに、だからこそ手紙にしたのに、渡した瞬間からずっと、反応を気にして、返事を待っている自分がいる。

見つめても変わらない待ち受け画面は、動きがないためすぐに暗転してしまう。そこに写り込む青空は、鈍い色に染まっていた。

end

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とっぷ りすと
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