きらきら
(掃部声羅)



心の距離とはかくも大きなものなのか、なんて窓の外を見つめながら考える俺は、きっと絵になる光景だろう。
なんて、半ば本気じみた冗談を浮かべて、長い髪の毛を指に絡める。透き通ったそれは、俺に外の血液が入っていることを思い知らせてくれる。外の血、つまり、イギリス。俺は日本人の父とイギリス人の母を持つハーフだ。

地毛である金髪はみんなの注目を集めたけれど、彼女の視線は手に入れられなかった。
彼女は校則というルールで動き、それを基準にしか生徒を見ようとはしない。かといって、それを守っているいい子ちゃんを好むわけでもない。
さらさらと風になびくこの髪もあんたの為に伸ばしたってのに……なんて、女々しいことこの上ないのだけど、本当のこと。校則という枠のなかにいる人間は、彼女にとって洋服屋のマネキンを見ているに等しい。だから俺は、その枠から外れる必要があったのだ。



「声羅ぁ、いつ部活いく?」

鞄を持った最中が一番後ろの席の俺の場所までやってきて尋ねた。最中の中では、部活に行くことはもう決定事項のようだ。
無理矢理入部させられた新聞部も、一年もたてば日常になるものだ。もう学業の一部のようになっている。

「呼び出しくらってるから、その後かな」

答えると、最中はすかさず「生徒会に?」と尋ねる。

「ううん、哀樹さん」

「やっぱり生徒会じゃねぇか」

「違うんだよ、俺の中では」

「あ、そ」

呆れ気味に言う最中の気持ちもわからなくはない。

哀樹さんというのは生徒会の風紀委員長。腰の近くまである髪の毛と冷たい瞳が印象的。冷たいのは俺にだけなのかもしれないけれど。
俺はその哀樹さんに近づきたくて、こうして髪の毛を伸ばしたわけだ。だから同じ生徒会に呼び出しを受けるのでも、哀樹さんかそうでないかによって全く違う。
哀樹さんのことなど何とも思っていない最中にすれば同じことだろうし、あいつは生徒会を嫌っているから、むしろ俺が呼び出されるだけでも不快なのだろう。だから、いつもこうして呼び出しがあることを伝えると、反応が悪い。
仕方のないことだ。髪の毛を切るか結ぶ。それだけで解決する問題を、俺は一切やろうとはせず、こうして毎回呼び出しを食らっているのだから。

「先行くから、早く来いよ」

「はいはい、わかったよ」

適当な返事を返すと、最中は小さくため息をついて日和を誘って教室を出て行った。


鞄を持って生徒会室へ向かう。うちの部室は5階の一番隅で、生徒会室は4階の同じ場所にあたる。
階段を下りればすぐにたどり着く場所だが、呼び出しをされる以外に入ることはまずない。インタビューの必要がある場合もあるが、大抵日和かその弟が兄を通じてアポを取るので、俺が入ることはないのだ。

「失礼しまぁす」

「ほい、いらっしゃい!」

軽い挨拶に同じ調子で返したのは、生徒会長の悠斗さん。向かい側に座っている日和の兄、最和は真剣に目の前のオセロを睨んでいる。いつもこんなことをしてるのだろうか、と呆れたけれど、うちの部活もさほど変わらない。

「哀樹なら奥にいるよ」

顔をあげようともしない最和さんのかわりに、悠斗さんが正面にある扉を指差す。

「入っていいんすか?」

「いいんじゃない? 着替えてるわけでもないんだしさ」

「むしろ着替えてた方がよくないッスか?」

「あはは、いいこと言うねぇ。哀樹が聞いてたら怒るけどねー」

そうですねー。と笑い返し、俺は扉へと向かう。小さなガラス窓から哀樹さんの後姿が見えた。

一応ノックをして、返事もしてもらえなかったけど、扉を開いた。

「いらっしゃい」

背を向けたまま、彼女は言う。いつもの対応だ。半年かけて、この冷たさにも少し慣れた。

きっと彼女は知らないだろう。俺がその態度に軽く傷ついているだとか、できればこっちを向いて欲しいだとか、笑ってる顔が見てみたいだとか。
それから、好きだとか。

「哀樹さんも、飽きないね」

いつもの指定席である窓際の椅子に座る。哀樹さんは本棚に幾つか本をしまって、別の幾つかを手に取る。

「貴方が直さないからでしょ」

俺を見ることもなく、哀樹さんは怒りのこもった口調で言った。
そうですね。と、俺は笑う。絶対直さないよ。哀樹さんがこうして呼び出してくれる限りは、ずっと。そんな意味を含めた笑顔。

哀樹さんはチラと俺を見て、その表情に呆れるとすぐに目を逸らし、取った本を机の上に置いた。続けてそこにあった紙を手にとって、俺の目の前に差し出した。それは一枚の作文用紙。どういうことかと思って顔を上げると、哀樹さんが無表情に近い顔で俺を見つめていた。
久しぶりに近くで見た。優しくされたわけでもないのに、俺はどうしようもなく嬉しい。ホント、これだけはどうしようもない。

「反省文」

彼女の一言に「え?」と聞き返すと、哀樹さんはもう一度「反省文、書いて」と、繰り返した。

「得意でしょ、新聞部さん」

「それで、許されるんですか?」

「そんなわけないじゃない」

当たり前でしょ。と目を細めて睨みつけられた。
そんな表情でも、哀樹さんは綺麗だ。

「これ書いたらさ、哀樹さんは、嬉しい?」

「ふざけたこと言わないで、早く書いて」

「ふざけてないって。嬉しいですか?」

「どういう意味で」

「そのままの意味だよ。嬉しいんなら、書いてあげる」

それだけで、その行為には意味ができる。
意味がないのであれば俺は絶対に書かないし、それでまた叱られるのも、苦ではない。

本当はこんな髪の毛、切ってしまったって構わないんだけど。痛いわけでもないし、大切にしているわけでもないから。
だけど、哀樹さんに会えなくなるのは、痛い。言わば俺はこの時間を大切にしている。周りの人間からすれば苦痛以外の何者でもないこの説教の時間を。

にっこり笑ってみせると、哀樹さんは眉間に皺を寄せた。

「上から目線で言わないで」

「はは、ごめんなさい」

「馬鹿にしてる?」

「んーん、してない」

哀樹さんは答えの代わりにシャーペンを突き出す。

「嬉しいってことでいいっすか?」

「何でもいいから、書きなさい」

敬語交じりになるのは説教の時。多分、風紀委員長としての顔をする時。先生のような、親のような口調だ。

仕方なく紙とシャーペンを受け取り、横にある机に広げる。俺がそれ以上言わなかったせいもあって、哀樹さんも無言で戻っていった。そして本棚の近くにある机に、俺に背を向ける形で座った。
あぁ、同じ部屋にいるのか。ちょっと嬉しいかも。

哀樹さんは先ほど取った本をめくりながら、何か書いている。
気になるのは、きっと好きだから。彼女のことなら、総て知りたいと思う。
そんなことを考えて、名前しか知らない俺がなんて無謀なことを思ってるんだか、と自嘲した。

俺は哀樹さんの名前しか知らない。知りたいけど、何を聞いても答えてはくれない。彼女はどんな質問にも、知る必要がない、と返す。必要はないかもしれないけれど、俺にとっては非常に重要なことだというのに。

「哀樹さん、どうやって書けばいいんすか?」

「反省を書けばいいです」

そうですよねぇ。反省文ですもんねぇ。当たり前ですよねぇ。
しつこく繰り返すと、頭にきたのか「早く書きなさい」と、また叱られてしまった。

400字詰め原稿用紙の右側に『反省文』という文字と自分の名前を書いて、俺のペンはぴたりと止まる。
髪の毛の反省文なんてどうやって書くんだろう。はっきり言ってコラム書くより難しい。新聞部だからってこれ、関係ないよな。

早速書く気をなくした俺は、目の前で揺れている自分の髪の毛を一束掴む。窓から差し込む光が、髪の毛を金色に輝かせる。それをくるくると指に巻きつけながら、ぼんやりと前に座った哀樹さんの背中を見つめた。

そういえば、名前を呼んでくれたこともないな。哀樹さんは俺の名前を知っているんだろうか。読みにくい漢字ばかりだけど、そういう問題じゃないんだろうな。彼女は俺の何を、どこまで知っているんだろうか。
きっと興味もないのかもしれない。だけど、俺がここまで努力してるんだから、名前くらいは覚えていて欲しい。間違った努力であることは重々承知だから。できれば、名前と、顔と、貴方のために伸ばしたこの髪の毛と。それだけでもいいから、覚えていてほしい。

「終わったら教えてね」

背中越しの、彼女の声。

「貴方が終わったら、今日の仕事は終わりだから」

待っててくれるのだろうか。真面目な彼女のことだから、きっと待っていることだろう。つまり、終わるまでは一緒にいられるということか。

「わかった? 早くしてね」

はぁい、と返事をして、再び原稿用紙に向き直る。だけどやっぱり、ペンは進みそうになかった。


END


(memo)
元々は声羅が言い寄ってたんだけど、ギャグなので全く違ってて。↓みたいな感じでした。

声羅「あぁ、やっぱ美形は長髪だよなぁ。この美しい髪の毛で俺の美貌はさらに増すんだ!」
哀樹「御託はいいから結びなさい」
声羅「何を言うか! 結んでしまったら風になびかないだろ!」
哀樹「それで正解です。校則ですから」

中3→現在でこんな物語にかわりました。



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