シンデレラケージ (山車岡日向) 変わらない僕等の世界は、この関係により保たれている。 先輩と後輩、それ以外の関係性は、俺達の間にはない。 しかも悲しいことに、それは俺の兄が担当しているバドミントン部の先輩なだけであり、直接の先輩でもない。 生物が行動することによってしか変わらない世界は、俺がどんなに彼女を想っても、全く変わってはくれない。 抜け出せない憂鬱思考回路の罠に絡まって、最近毎日テンションが低い。 ふう先輩こと、風璃先輩は、みんなからふわりん、とか呼ばれてるんだけど、俺はやっぱり恥ずかしくて、ふう先輩って呼んでる。 明るくて活発な彼女だから、男でもふわりんって呼ぶ奴も多いし、後輩に当たる人間が同じように呼ぶこともある。 彼女は体育部にいるにも関わらず、あまり上下関係を気にしない。 と、いうか、むしろ気にして欲しくないようだった。 だからみんなにも、もちろん俺にも、ニックネームで呼ぶことを薦めていた。 けれど、俺にはやっぱり呼べなくて。 どうしてあの、ひよ兄の無神経さとか、もり兄の楽天的なところが俺には与えられなかったんだろう、と少しだけ落ち込んだ。 俺自身、真面目というわけでもないけれど、歳の近い兄貴達が俺をおもちゃ扱いしたために、今のような受け身になってしまったのだと思う。 あくまでも俺の見解だけど、大きく外れてもいないだろう。 そんな風だから、俺は今だにふう先輩と話す時は戸惑ってしまう。 ノリは多分、もり兄に似てる。 けれど、やっぱり立場が違う。 どうしたらそれは変わるのか。 この、距離が。 と、廊下の向こうにふう先輩を見つける。 けれど、自分から声をかけたりはしない。 彼女はまだ、遠くにいるから。 まるで現状を形にしたようだ。 「あ、ひなだっ!」 俺の姿を見た途端、彼女は駆け寄ってきた。 「どこにいくの?」 「3Aの教室」 話し掛けられ、俺はようやく口を開く。 「学祭の実行委員に、インタビューですよ」 「忙しいねぇ」 ニコッと癒しの笑顔を向けるふう先輩。 思わずこちらも微笑んでしまう。 さっきまで悩んでいたというのに。 「ふう先輩、部活は?」 「休憩ちゅー」 「ほんとですか?」 「ほんとよぉ」 言いながらふう先輩は、むっ、と眉を寄せてみせる。 「実は私も実行委員なんだよ」 「そうなんですか?」 イベント好きそうですもんね、なんて言ったら、ふう先輩はどんな顔をするのだろう。 きっと彼女は笑顔で「うん、好きだよ」なんて軽く返すのだろうけど、そんな冗談も言うのを躊躇うくらいに、俺は彼女の目を気にしている。 「そのインタビューってさ、私でも答えられる?」 「さぁ? 部長には、委員長に聞けばいい、って言われたんで」 「ふぅん、どんな質問?」 どうやら彼女は、どうしてもインタビューして欲しいようだ。 目立ちたがりやだもんなぁ。 仕方なく俺は、上り終えたばかりの階段に腰をかける。 続いて先輩も隣に座る。 日が長いせいで、夕方なのに日差しは眩しい。 そんな光を背に浴びているせいか、少し暑い気がした。 「どんなの?」 俺のメモを覗き込むふう先輩。 こんなに近い距離なのに、彼女はきっと俺の気持ちなど知ることはないのだろう。 考えるということは、不便なようで、便利な能力だ。 いくら彼女のことを考えても、伝わることはないのだから。 心の距離と、年齢の差。 それが俺達の間に空間を生む原因。 俺はよく知っているんだ。 年齢は大きな壁だっていうことを。 高校1年の男子なんて、ガキにしか見えないんだ、っていうことを。 けれど同時に、その立場の利点ってものもある。 後輩だから可愛がってもらえる。 そう、まるで弟のように。 でも、本当にそれを望んでいるのかと言えば、やっぱり違っている。 望んでも手に入らないから。 壊れてしまえば、今さえなくなってしまうのだから。 それならば、いっそ……。 きっと、ただ、それだけ。 「どうしたの?」 ふう先輩は、不思議そうに俺の顔を覗き込む。 俺の手に、手を添えて。 そっと触れた彼女の手は、暖かかった。 感じるのはこの、距離。 時間という、縮まらない距離。 この距離が消えるのは、二人が高校を卒業して、それからまたもっと先になるんだろう。 そんな長い時間は、今の俺にとって夢の中の世界でしかない。 俺の見ている先輩はとても小さなもので、本当に夢の世界の人のようだ。 綺麗で、優しくて、暖かい。 その理想こそ、きっと夢そのものなのだ。 今の貴女はきっと、幻。 だからいつまでも、俺の手は貴方に届かない。 END? とっぷ りすと |