次の日からひよのは学校を休みはじめた。今日は土曜日だが、先週の土曜日に別れてから昨日までずっと、ひよのと顔を合わせていない。 こうしてひよのがいない日でも、同じように過ぎていく。全力で走ったって立ち止まってたって、それは変わらない。また一日、俺はいつかくるであろう死の瞬間に近づいている。 思い出してまた気分が悪くなってきた。隣にいる秋良もそれは感じたようで、気まずそうに持ってるコンビニの袋を弄っている。 「普君どうしたのー?」 こんなどんよりした空気にも関わらず声をかけてきたのは俺のクラスの女子連中だった。 「さっきすごかったじゃん」 「そうだよー。これなら余裕で優勝でしょ」 「次準決勝だっけ? 午後からなの?」 さっきまでの話題とは正反対の明るい声で、彼女達は話し始める。少しは空気読めよ、とでも言ってやりたいのを堪え、俺は顔を伏せる。 「えー、ホントどうしたの? 大丈夫ー?」 「お菓子食べるー?」 尚も声を掛け続ける女達に、秋良が業を煮やして「ごめん、ちょっと休ませてやって」と言ってくれた。けれど「私達は心配してるだけだよ」と、全く退く様子がない。ここまでしつこいなんて、淳なら絶対キレているだろう。 「だって普君が元気ないなんておかしいよね?」 「うん。すっごく心配だよねー」 「ちょっと調子が悪いんだよ、こいつ」 「だって普通に走ってたじゃん」 「何かあったんじゃないの?」 俺が口を出せばいいのだが、そうする気が全く起きなかった。「大丈夫」って笑顔で一言言えばすむ話だというのに。 こういう部分も俺の悪いところで、自分が精神的にきつい時に、愛想笑いというものが全くできなくなる。綾には、今の気分が見ているだけで手に取るようにわかる、と言われている。内心を隠しきって笑顔を作るなんていう芸当はできないし、それがわかっているからわざわざしようともしないのだ。 「そういえば、今週ずっと元気ないよね」 「……彼女と別れたんだよ」 もちろん秋良は悪気があったわけじゃない。というか、何と言っていいのかわからなかったんだろうし、女ってのを分かってないから、それを言うことで噂が瞬く間に広がるなんてこと、秋良には予想できないんだと思う。 大体がしつこく聞いたこいつらが悪い。いや、知ってたんだと思う。ひよのが休んでたから想像はついていただろうし、だからこうして遠まわしに言わせようとしていたのだ。 多分、本人から聞きたかったんだろう。そうして噂のネタにして、本人から聞いたんだよー、とか言って、話題の中心になって喜ぶんだろう。 鬱陶しい。 舌打ちを堪えて息を吐き、表情を隠すようにさらに深く俯いた。 秋良の発言に、案の定彼女達は「え、そうなの?」と食いついてきた。 「いつ別れたの?」 「それであの子休んでたの?」 「それってずる休みじゃない?」 「ねぇ、あっちが振ったってことだよね? どうして別れちゃったの?」 突然の質問責めに、秋良は「そういうのは聞かないのがマナーだろ」と、はっきり言った。こういう時、女に慣れてないやつは強い。 クラスメイトは少し顔を歪ませたが、すぐに「そうだね、ごめん」と謝った。 けれど二人とも、この場を離れる様子は見られない。 「っていうか普君を振るとかなくない?」 「だよねー、ありえない。見る目なさすぎ」 「落ち込む必要ないって!」 ポン、と肩を叩かれたとき、何かが壊れた。 その軽い衝撃で、俺の中に積み重なっていた何かが、一気に崩れ落ちたのだ。 「触んな、クソが」 「あまね、くん、どうしたの?」 「お前等のせいだろ」 「何が……」 顔をこわばらせる女二人が言葉を出す前に、秋良が「おい、普!」と割って入った。 だけどもう止まりそうになかった。女に文句を言えば後々面倒になることくらい重々承知していたけれど、俺にしては十分我慢した。 「てめぇらがひよのを追い込んだんだろ!」 声を荒げた瞬間、辺りの視線が集まったのがわかった。 「ちょっ、普! やめろよ!」 「ふざけんなよ! よくそんなんで俺の応援してられるな!」 必死に間に立つ秋良を押しのけ、思い切り怒鳴りつけた。視界に入った淳はポカンとしてるし、綾はやっちまったって顔をしていた。 「あ、普君、何言ってんの……?」 「ね、誤解じゃない? 私達、何もしてないし」 ねぇ? と顔を見合わせる二人が、本当に腹立たしい。 「むかつくのはわかるけどさ、もうあんな女いいじゃん」 「そうだよ。ねぇ、今度合コンしよ? 私の友達にかわいい子いるし……」 その手が再び触れた時、最後に残ってた我慢も、壊れたのだと思う。 「だから、さわん……」 「はい、そこまでー」 思わず振り払おうとした手を止めたのは、いつの間にか後ろに立っていた綾だった。 「アマちゃん、ちょっと落ち着こうな」 「っやめろよ! だってこいつらが……」 「悪いんだぞ! って?」 本当にこいつは異常なくらい他人の言葉を先読みする。そして当てられた瞬間俺は、水を掛けられたみたいに冷めてしまう。 「男が手ぇ出してもいいことないぜ。社会ってのは理不尽なんよ」 いつもの落ち着いた調子で綾が言うと、女共から、綾君かっこいい! とか何とかいう声が次々にあがる。けれど綾はそれを振り払うかのようにこういった。 「けどな、見てるやつは見てるもんだぜ」 普段よりワントーン低い綾の声に、辺りは一瞬にして静まり返る。 「お前等も気をつけろよ。性格悪い女は捨てられるぞ」 綾は彼女達にそういい残し、困り果ててる秋良とムスッとしてる俺を引きずってその場を後にした。 とっぷ りすと |