蒸し暑いグラウンドの中に鳴り響く乾いたピストルの音。

俺がスタートしたその瞬間、場内から大きな歓声があがる。たった数秒間で走りきれるこの距離が、俺のアイデンティティを確立してるんだなって思う。

ゴールテープを切ってタイムを見ると、大していいとは言えない記録だった。それでも応援席からはさらに大きな歓声があがる。タイムなんて気にしてるのは部員とか新聞部とか、そんなごく一部の人間だから、大半は順位について盛り上がっているだけなのだろう。

マネージャーにドリンクをもらって飲みながら応援席に手を振ると、そこはひときわ高い声で埋め尽くされた。俺にとっては予選で一位なんて当然なんだけど、これも一応ファンサービスってやつ。

俺が選手席に戻っていくと、女の子達が何人もやってくる。大量の差し入れに、俺は満面の笑みを浮かべる。いっとくけど、これはファンサービスとかじゃなくて、素直に嬉しいからだ。

「アマネ先輩、また太りますよ」

振り返ると、淳がニヤニヤした顔で立っていた。女の子がまた喜び、それに対して淳も愛想笑いを向ける。

「お前は黙ってろ」

「いやいや、そういうわけにもいきませんよぉ。ウチのエースが太ってタイム伸びちまったら大変ですからねぇ」

「うっぜぇ」

「というわけで、俺が食べてあげますんで、こっちにどーぞ」

女の子達はキャッキャいいながら淳にも差し入れを渡し始める。

ちなみに綾は面倒くさがってベンチに座っている。手ぐらいは振り返すこともあるが、基本的にそっけない。逆にそれがいいらしいが、女の趣味ってよくわからねぇな、と思う。

「普君ってホントすごいよね!」

「うんうん、断トツだったもんねー!」

「やっぱりかっこいいねっ!」

そんな会話が俺の目の前で堂々となされる。しかし、嬉しいはずのその言葉が、恐ろしく軽いものに感じられた。

それは言われなれているせいじゃなくて、そこに俺自身を肯定する要素が感じられないから。外見とか、運動神経とか、そういう表立って目立つ場所以外、何も入っていないから。

ホントはいつも思っていた。俺からコレを取ったら何が残るんだろう、って。ここでの俺を知らない人間は、俺のどこを褒めてくれるんだろう、って。

例えば秋良に我侭言って困らせてたり、綾にわかんない問題教えてもらってたり、後輩である淳と本気出して喧嘩してたり、そしたら右京に見つかって叱られたり。そんな場面だけを見て、誰が俺のことを認めてくれるだろうか。

「お疲れ」

ぼんやりしているところに、秋良がシュークリーム片手にやってきた。

ほい、と手渡されたそれをすぐさま開いて頬張ると、それを見て秋良は苦笑した。

「タイムよくなかっただろ。調子悪いのか?」

「んー、まぁ」

「お前の人生って恋愛と並走してるよな」

「別に。別れたからじゃねぇよ、多分」

「いや、絶対そうだろ。付き合いはじめた時は県大会記録作ったくせに」

「そうだったっけ」

そんなことはもう忘れてしまった。俺にとっては記録なんて所詮その程度のものなのだろう。むしろ、それを目当てに近づいてくる女が出てくるので、鬱陶しいと思うくらいだ。

俺は綾みたいに相手の深層心理を探ろうともしないし、理解できるとも最初から思っていない。要は彼女達にとって自分自身が必要なのか自分の持つレッテルが必要なのかが見極められないのだ。だから、表面だけを見て寄ってくる女と付き合って、自慢話の種にされて、結局別れるなんてことも実際にあった。

それから、付き合った後で、思っていたような人じゃなかった、と言われて振られることもあった。正直それが一番キツかった。どういうイメージを持っているのか知らないが、俺がそんなできた人間じゃないことくらいわかるだろうに。相手を見極められない人間に自分を見極めてもらえると期待する方が悪いのかもしれないけど。

俺達は生まれてからずっと死に向かって走っている。それは人が永遠に飛び越せないハードル。そしてここは逃げられない箱庭。俺達はこの限られた箱の中で、恋をする。そのために生まれてきて、そのために神様は性別を作り、閉じ込めたのだ。だから、恋愛と並走してる、という言葉はあながち間違ってはいないと思った。




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