(吉崎綾)

飾が何も言わずに家を出ることくらい、珍しくもないことだった。ふらっと出掛けていつの間にか帰ってきている、なんてこと、昔からざらにあった。だからこそ携帯を持たせていたのだが、それだってただのお守り程度で、外が暗くなった頃に初めて使うくらいのものでしかなかった。

「どこいくん?」

それだって、飾りが靴を履いているところに偶然出くわしたから、ただ何となく尋ねただけ、のつもりだった。

「おさんぽだよ」

「ふぅん……鞄持って?」

「うん、少しおでかけするだけだから、おさんぽ」

何食わぬ顔で返す飾は、それに、と続ける。

「りょうくんはわたしがどこに行ってもぜんぶ分かるでしょ」

「場所は分かるけど、誰と出掛けるかまでは分からんよ」

「友だち。おんなのこ、だよ」

何となく尋ねたにしては聞きすぎだ。自分でも感じている。
飾はといえば、自分から詳しく話すつもりはないらしく、くすくす笑っているだけだ。
止め時が分からなくなっただけだ、と自分を納得させながら「いつ帰るん?」と、さらに質問を重ねる。

「うーんと、くらくなる前には帰るよ」

「夕飯は?」

「いっしょに食べるよ。りょうくんのも買ってかえるね。何がたべたい?」

「あー……かざちゃんに任せるわ」

「わかった」

そこで会話は止まったものの、気分よく見送れるような心境ではなかった。飾の言ったとおり、場所はすぐに分かる。それに連動して、そこで何をしているのかだって、大体の予想はつく。
しかし恐らく、飾が出掛けたあとに俺がそれを見ることはないだろう。

靴を履き終えた飾は、振り返って俺の腕を引き、いってきます、とキスをする。いつからか当たり前になっていたそれは、ただの挨拶でしかない。それを惜しむように手を引くと、飾はすぐに察したらしく、「どうしたの?」と首をかしげた。

「俺もタバコ買いに行くわ。近くまで一緒に行こ」

飾は「わかった」と当たり前に返し、当たり前に俺を待ち、隣に並んだ俺に当たり前に手を差し出す。外を歩くときにこうして手を繋ぐことも、何ら特別なことではなくなっていた。当然となった何もかもの中に、今は恋人であるということだって含まれている。

飾が故意に嘘をつくことは、きっとないはずだ。あの女のように裏切ることだって、同じく。その靴も、洋服も、髪飾りも、鞄も、俺が買ってやったものだ。それを身に付けてどこに行くかなんて、尋ねる必要もないだろう。
これだけ事実が揃っているというのに、自分は何が納得できないというのか。

「友達と何するん?」

「わかんないけど、いつもいっぱい歩くから、おさんぽ」

「かざちゃん、誤魔化すのがうまくなったよな」

「そうかな? りょうくんはうそが下手になったね」

「そーぉ?」

何について言っているのかは分からないが、間違ってはいなかった。自分に対しても、そうだ。理解が感情に追い付かないことはよくあった。そのたびに目をそらし、自分を騙して過ごしてきた。それができなくなっているのかもしれない。

そんなに心配しないで、と微笑む彼女に昔のような心細さはない。それなのに、俺がこの手を離すことを躊躇っているのは、きっと。

end

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