さいはて (吉崎綾)
親指に少し力を込めれば、彼女はほんのり染まった唇を苦しそうに震わせる。そして目を細めてこちらを見つめ、ゆっくりとその手を伸ばした。けれどその手が俺の行為を止めることはなく、腕を撫で、首筋を辿って頬へと触れる。
「……苦しい?」
その問いに応えるように唇が動いたけれど、言葉にはならなかった。そこから僅かに漏れた空気は声にならないまま消えていく。
「……こういうの好きなん?」
力を緩めて声を待つと、「好きじゃないよ」と、返ってくる。その表情は先程と変わらず、どこかぼんやりとしている。
「まぁ、普通はそうだよな」
「フツウ……」
オカシイと言われて育ったせいか、飾はその言葉を不思議そうに繰り返す。
こうして接していると、飾は本当に普通の少女だった。食事さえしなければ普通なのだ。自分の方がどれだけオカシイか知れない。
「してもいいよ」
不意に声を掛けられ、ふと見ると、飾がじっと見つめている。
「つづき、しないの?」
「……好きじゃないんだろ?」
「好きじゃないけど、いいよ」
逆らうなとも、言うことを聞けとも言った覚えはないが、当然のように従うようになっていた。ただし、あくまでも「いいよ」というだけだ。どこかの媚びた女のように、必死に合わせようなどとはしていない。 そういう関係になっていた、ではなく、飾自身がそういう人間になっていた。
言われたことを言われたとおりに行う、それができる能力はあったのだろう。洗濯も、掃除も、自分が決して食べることのない料理すらも、いつの間にかできるようになっていた。
俺が影響していないとは間違っても言えない。飾を連れてきた日から一番長く隣にいたのは自分なのだから。けれど、俺のために飾が変わったなどと考えるのは傲りだろう。彼女はただ、生きるための環境に適応していっただけ。
ならば、ここにいる少女は俺の理想だとでもいうのか。
「りょうくんは、したいんでしょう?」
離れかけた手を掴み、飾が首をかしげる。
「りょうくんの好きにしていいよ」
戻された指は再び彼女の喉を潰し、呼吸を止める。それでも抵抗しない彼女に、どうしてなのかと尋ねることは、ついにできなかった。
理想を壊した先にあるのは、いつも変えようのない現実だけだ。
End
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とっぷ りすと
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