静寂
エリーくんとひびき
大学生/現代パロ



目の前にいる人間を本当に僕は愛していたのだろうか。過去の自分が今の自分と同一人物だなんて思いたくもない。知らなかったとはいえ、本当に、心底不愉快だ。

ごめんね、と涙と共に頭を垂れる彼女の謝罪がおざなりなものにしか聞こえない。見つかってそこまで後悔するのならば、最初からやらなければよかったのに。それとも、こんな状況を予想できないくらい頭の悪い人間と僕は付き合っていたのだろうか。

浮気をされたことも屈辱だったけれど、それを謝れば簡単に許すような人間だと思われていることも悔しかった。

気づかなかった自分にも落ち度はある。そんなことはない、と言ってくれる優しい友人もいるけれど、そうでも思わないとやっていられない。

この話し合いはけじめだった。自分のなかでは別れることは決定事項だった。だから部屋に入れたくもなかったし、言いたいことも聞きたいことも何一つなかった。けれど、友人が直接言っておくべきだと言うから、仕方なく時間を取ることにした。
彼女は喜んでいたけれど、何がそんなに嬉しいのか理解に苦しむ。

部屋に入って一番、ごめんなさいと頭を下げられた。それからお互い目を合わさないまま、彼女は何度も謝罪を繰り返した。

真っ赤になった瞳から涙を溢してみせる彼女に、僕は軽蔑の眼差ししか向けられなかった。美しかったはずの涙も、今では濁ったものにしか見えない。そんな汚いものを僕の部屋に落とさないで欲しい。

彼女が帰ったら部屋を掃除しよう。彼女のいた痕跡が残らないように、しっかりと。

「……気付かなくて悪かったね。早くその相手のところに行くといいよ」

早く終わらせたくて、僕は仕方なく口を開いた。本当は言葉を交わすことさえ嫌なのだけれど。

「ごめんなさい、エリー」

「その謝罪は何に対してしているの?」

「……最近、エリーが忙しそうだったから……」

「僕は言い訳を聞かせてくれとは言っていないよ」

「でもエリー、私はエリーの方が好きだよ。キスだって、相手の方から……」

「そういう状況を作ったのは君だよね?」

僕が遮ると、彼女は途端に口を閉ざした。

恋人がいるにも関わらず、異性と二人で、しかもアルコールの出る店へ入るだなんて軽率すぎる。加えて、これが初めてではないらしい。今回の話も、それらを目撃したサークルの仲間が教えてくれたことだった。

「あのね、エリー……」

「悪いけど、もう言い訳はやめてくれないかな。見苦しいし、不愉快だ」

やはり話さない方がよかったのかもしれない。彼女が嫌いになると同時に、彼女を好きだった間の自分も嫌いになっていく。

誰かとキスしたその口で僕の名前を呼ばないでくれ。そいつに愛の言葉でも囁いてやればいい、きっと喜ぶはずだ。ハグだってしてくれるかもしれない、僕とは違って。

僕に対して色々と不満はあったのだろう。その一部は僕にしっかりと伝えられていた。スキンシップが足りないとか、二人の時間が少ないとか。

時には友人の名前を持ち出されることもあった。もう10年来の付き合いである彼と、わずか数ヶ月しか時間を共にしていない彼女。比較すること自体が間違っているというのに、彼女はそれを理解してはくれなかった。

確かに僕の方も、彼女を理解しようとする努力が足りなかったのかもしれない。けれど、それを理由に他の男に走るなんて、失望した。大和撫子が聞いてあきれる。

「君は何も分かっていないんだね」

口にしかけた汚い言葉をため息で誤魔化す。

「僕は君の気持ちが離れてしまったを責めるつもりはない。君の言う通り僕にだって落ち度はあるのかもしれないし、人間だからね、心変わりすることくらいあるさ」

困惑する彼女に、僕は淡々と告げた。

「ただ、君が僕を騙していたことが許せないだけだよ」

以前、初めて僕が友人の部屋を訪ねたときのことだったか。日本人はこんなに小さな部屋に住んでいるんだね、と言ったことがある。その狭い空間が最近では当たり前になりつつあったけれど、やはり僕には狭すぎるようだ。小さな箱のような部屋のなかでこんな汚い人間と同じ空気を吸っていると思うだけで息苦しくなってくる。

「さぁ、早く出ていってくれないか。君と僕の間にはもう、何もないんだから」

冷めきった心に熱は戻らない。一度こうなってしまえば、もう終わりだ。自分のことだ、自分が一番よく知っている。
全てを言葉にしなかったのは、一時でも愛していた相手へ向けた一応の気遣いだ。

立ち上がってドアをあけ、まだ何か言いたそうな彼女に、外に出るよう促した。その場で泣き崩れた彼女が落ち着くのを静かに待っていると、どうにもならないことをようやく悟ったようで、鞄を掴んでどこか腹立たしそうに出ていってしまった。

逆ギレ、というものだろうか。自分に非があるのにさも相手が悪いかのように怒ってみせることを日本ではそういうらしい。全く、彼女は最後まで僕を幻滅させてくれる。

僕も部屋を出ると、マンションの一階に入っている喫茶店へと向かった。ティータイムをとっくにすぎた店内には、僕を待っている彼しかいない。

「終わったの?」

「うん。やっと、ね」

「そう、お疲れ様」

別れ話は直接するべきだ、といったのは彼だ。それじゃあ、と日付を決めると、終わったら会おうと誘われたのだった。何故かはわからないが、興味本意ではないだろう。彼はそんな下世話なことはしない人間だ。

紅茶を頼んで待っている間も、彼は何も尋ねようとはしなかった。いつも通り、ただ文庫本を読んでいるだけだ。

「君はなにも言わないんだね」

「災難だったね、とでもいっておく?」

「はは、そうだね、ありがとう」

励ますように微笑んでくれた彼は、どこか嬉しそうに見えなくもなかった。

end

あとがき→ほもじゃない。




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