わたしの時間をあげます

2011/03/25 22:55


生まれ落ちたところの薄暗さと、社会を歩くうえで交わす契約という正当性。これらの相容れなさに胸がきゅうっと締め付けられる気持ちを、また訪れた春とともに感じている。肌荒れや花粉症といった目に見えるものだけで無しに、実体として掴めぬ、しかし確実にじくじくと疼痛を伝える苦しさを、春は持っている。

大学一年目の春休みのこと、何となく吐いた痰にうっすらと血が混じっていたのを認めたその日のうちに、私は引き出しから見つけた便箋に遺言を書き上げてしまった。喉が弱いひとの声をしているね、と言われた私は、毎年三月に喀血する人間になり、そのたびに遺言を書き改めるようになった。どうやら咳のしすぎで喉のどこかがぷつんと切れて傷がついてしまうらしかった。梶井を繰り返し愛読していた私にとっては、喀血は死の象徴であり、それはどこか陶酔にも似た感情を伴うものだった。ちり紙に受け止められた痰をしげしげと眺めては、金魚の仔というにはいささか貧弱よなあ、と考えるのだった。



大人に頼ることを捨てたのは、眉を整えることも知らなかった中学生のころで、そのころから私はほうぼうに散らばっていった気がする。その心もとなさは、私という対象に対する私と他者の認識のあいだにある落差によるものではない。私が、私を見つけられなかった。あるひとは私を優しすぎると言い、あるひとは冷たいと言い、あるひとは潔癖だと言い、あるひとは包容力に満ちていると言い、あるひとは、あるひとは、あるひとは、



春はあらゆる記憶を引きずりだして私を突き落とすから、薄暗くとも確かに青春であった日々を思い出すから、未来なんてものをまざまざと突き付けられるから、だから嫌なのだ。ついでに言うと七月も嫌いだ。お願いだから春と七月のあいだだけ私を冷凍庫に閉じ込めてほしい。熱病に浮かされたように夏を疾走して、穏やかな秋を迎え、青白い冬をタオルケットにくるまりながら見下ろして、寒い寒いとひとり言を呟く。気付いたら雨の季節を迎えて、お気に入りの小路の薔薇を愛でるのだ。



気分が晴れぬので、眠ります。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -