Shape of My Wings | ナノ



「さっきのナイフ、貸してもらえますか?」

その言葉に、レインは少しだけ顔を顰めた。深い眉間の皺はそのままにナイフを手渡す。彼女はそれを受け取ると、慣れた手つきで林檎に刃を通していった。紅く残った皮を浮かせて、そのひとかけをレインの手に乗せた。
「ウサギ」
「…は?」
「ここが耳なんです。可愛いでしょう?」
楽しそうにウサギ型にリンゴをカットするリーリエの横顔を眺めて、一層難しい表情になったレインが口を開く。
「殺さねぇのか」
その質問に驚いたのか、リーリエは目を丸くして彼の顔を見た。
「堕天使ってのは、闇や天使や悪魔を…それも強え奴を葬って初めて<こっち側>と認められるらしいじゃねーか。それくらいの覚悟が必要ねぇと堕天なんて出来ねぇ…中途半端な奴は死ぬ」
罪を犯した天使が“堕天使”として生き抜くには、悪魔側や闇側に取り入る必要があった。そして、取り入るためには己の価値…有用性を示さねばならない。悪魔の世界で認められるには、他の天使や悪魔を殺せるだけの力を見せつけることが一番の近道であった。どこにも属せなければ、天使には合わない環境に弱り死ぬか、疎ましがられ悪魔や闇に殺されるのがオチである。
その条件はリーリエも全く同じだ。レインがそれなりに過ごしやすい場所を提供してくれたとはいえど、早くに行動を起こさなければ近いうちに狙われ命を落とすだろう。
しかし彼女は、絶好のチャンスであるにも拘らず、レインに牙を剥こうとはしなかった。
手にしているナイフの先を少し変えるだけで、生存確率が跳ね上がるのは、彼女自身も分かっている筈であった。
「おめーは今、俺のすぐ隣でナイフ持ってんだろ。殺ろうと思えば出来るはずだ」
「…そこまで知ってて、わたしにナイフを貸したんですか?」
「別に、そんなので刺されたくらいじゃ俺は死なねぇがな」
レインの答えに、リーリエは困ったように目を閉じた。
「…どちらにせよ、出来ませんから」
「は?」
「元より、あなたを殺す気なんてない。わたしは…」
「バカが、自分の立場わかってねーのか」
レインはリーリエからナイフを奪うと、素早い動きで彼女の首元にそれを突きつけた。リーリエの背中が冷たい岩壁に押し付けられる。二人の顔は息が掛かるほどに近い。
「てめーは最悪のはぐれ者なんだよ。こうやって、俺が殺しにかかっても同じことが言えんのか」
そうして見つめたリーリエの瞳は、心が震えるほど、ひとつの淀みもないターコイズたった。
「ええ」
「…ざけんな」
「ふざけてなどいません」
地面の上に転がった林檎が月光を受けて妖しく光る。凛とした態度を崩さない天使に、悪魔は苛ついていた。
「あなたは悪魔でしょう?殺される覚悟くらいしています」
「てめーは堕天使だろ。だったら、悪魔くらい殺してみろ」
レインの挑発に、リーリエは呼吸を止めた。
ナイフを突きつけるレインの手を取り鮮やかに体勢をひっくり返す。レインの背中と頭が地面に落ち、そのすぐ横にナイフが刺さった。柔らかいプラチナブロンドが頬を撫ぜるのを感じて、レインは思わず目を細めた。
大きな月と降り出しそうな星々を背景に、天使の瞳が悲しく揺れる。濃紺の空に浮かぶ彼女の白。それは、息を呑むほど美しい風景だった。
「何を言われても、わたしはあなたを殺さない」
震える唇が告げた言葉が、暗い地面へと吸い込まれていく。その振動を感じて、レインは昂ぶる感情を空へ投げた。
「…そうかよ」
リーリエの髪を掴み、ぐっと自分の方へと近付ける。
「なら、俺がお前を堕としてやる」
未だ空の似合う天使を、この手に堕としてやりたいと思った。

「覚悟しろよ、クソ天使」

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