LOST ANGEL | ナノ


08

東京は雨。
灰色の世界が暗く濡れていく光景は嫌いじゃない。何より音が良い。頭の悪い喧騒を沈めて、水滴だけが心地よいリズムを奏でるのは、心が洗われる気分だ。
例の社長が提示した期限まで、今日を含めて残り3日。怪盗団の事もあり少し時間がかかったが、今夜で任務は完了できる予定だ。任務と言っても誰に命じられたわけでもない…俺個人のエゴでしかない案件だが。
――あの日以降、天使と会うことはなかった。
彼女のマネージャーが言うには、殆ど部屋から出ていないらしい。日本から離れる気は特にないようで、決まっている次の仕事に向けて台本を読み込んだり役作りに勤しんでいるという話だ。
きっと、彼女は夢にも思っていないのだろう。邪魔な存在は力で排除できるもので、権力と後ろ盾を持った組織の社長だろうと、俺の前では宇宙の塵に等しいなんて。

もう終わる。そしたら、俺の役目も終わりだ。

これさえ終われば天使のために働く義理などなくて、探偵としても一人の人間としても、羽咋詞に近付くことはない。理由も権利も、今夜で終わる。
だからどうということは無かった。感傷的にもならなかった。ただ彼女が世界の外側の存在に戻るだけで、俺の世界は何も変わらない。元より俺の手には抱けないもの。だから、どうでもいい。
グレースケールの雨音と交差するようにスマートフォンが鳴ったのは警視庁の建物を出ようとした折で、時計の針がちょうど午後4時を指した時だった。
電話ではない、これはチャットの音だ。雨の中へ出る前に確認しておくかと画面を覗くと、見慣れないアイコンが煌々と、色鮮やかに表示されていた。

『羽咋詞です。検事さんから連絡先を聞きました』
『今日、来られませんか?』

と、たった二文。シンプルなメッセージが液晶画面に浮かんでいた。一瞬スパム的なものを疑ったが、新島冴からも「教えた」という旨の連絡が入っており、厄介なことにどうやらこれは本物のようだ。確かに、絵文字も何もない可愛げのない文面がいかにも羽咋詞らしい。
先にも考えていたとおり、今夜は『異世界』に行くつもりだった。飄々とした社長様の頭に最後の弾をぶち込んで、一つの仕事を終わらせようと思っていた。
どうすべきだろうかと頭を回す。が、考えるまでもなく指は動いていた。

『すぐ行くよ』

なんて、愚かな返答を電子の波に投げていた。

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