LOST ANGEL | ナノ


04

「すみません冴さん、こんなことを頼んでしまって」

新島冴――彼女は怪盗団の事件を機に知り合った検事だ。まだ年齢的には若いと思うが、男ばかりの社会で頭一つ抜けたキャリアを築いているだけあり、相当な切れ者で且つ荒々しさすら感じるほど気が強い。自分にも他人にも厳しい人だが、頼りになるのは確かだった。
「いいわよ。あんな話…女からしてみれば屈辱。許せないし放っておけないでしょう。けど、やっぱり上層部はズブズブみたいでアテにならなさそうよ。証拠を出しても検挙できるかどうか…」
彼女が話しているのは、先ほど会った大手芸能事務所社長に対する、未成年との不純異性交遊――平たく言えば『淫行』の疑惑についてだ。羽咋詞が巻き込まれているだろうということを警察関係者では唯一彼女に話していた。
「僕が探りを入れてみます。組織の人間じゃないから余計な気を揉む必要もないし、好きに動きやすいですから」
「ホテルは彼女のマネージャーが信用できるところを取ってくれたわ。一応あなたの分も捻じ込んでくれたみたいだけど、一旦は私が送り届ける…ってことでいいのよね?」
「ええ。僕の事は警視庁の近くで適当に降ろしてください」
あの電話から一晩、早々ではあるがギリギリで、俺は羽咋詞の保護と移籍先となる事務所社長の捜査について公認を得た。
羽咋詞の現事務所の人間たちは、俺の話を聞くと途端に顔が青ざめて「やっぱりそうだ」と口々に件の社長に対する黒い疑惑を持ち出してきた。検挙に協力すると言うと、俺がどこからその噂を聞いてきたのかも問わずに情報をくれた。愚かではあるが悪い人間達ではないのだろう。彼らは「我々の天使を護ってくれ」と、まるでメシアでも見るかのような瞳で、名探偵の明智吾郎――もとい『俺』に縋った。

その天使を殺しかけたのが、こんな所まで撃ち落としたのが『そいつ』だとも知らずに。

幸いなことに羽咋詞は移籍に向けて、持っていたドラマや映画の撮影を終えて長めのオフに入るタイミングだった。本契約を交わしていない以上まだ現事務所の人間であり、移籍先の人間に無理に会う必要はない。ずっと屋内に身を隠している事も可能だし、羽を伸ばすために海外へ飛んでしまうのもアリだろう。
適当な脇道に車が止まり、俺は後部座席のドアを開けた。外に出ながら空を見上げると鈍色の雲が高層ビルに突き刺さっており、仄かに雨の匂いがした。
車内に視線を戻すと、天使と目が合った。
「…探偵さん」
「用を済ませたら僕も行くよ。大丈夫、マネージャーさんも待っているし、検事さんも付き添ってくれるから」
勿論、用なんて無い。別に今このまま一緒に行ってしまっても問題はない。ただ、一旦冷静になりたかった。俺は今、酷く怒っている。その怒りの意味を知りたくて、整理をしておきたくて、心の中で燃え立つ炎を水底へと沈めて、そっと車の扉を閉めた。

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