2 代わり映えのないトレーニングにも飽きて、たまには実戦的訓練をしようと勇み立ち東部の村まで遥々やって来たのは本日の正午だった。 ところが目当てのライバルは留守だったらしく、その家の長男が止めるのも聞かず押し入り、室内で待機していた筈が──何故だか目と鼻の先にカカロットの顔があったという。 数度瞬きをし、取り敢えず状況を整理する。 シーツの感触、固い枕、中途半端に体へと掛かった布団と、眼前で寝転ける男の間抜け面。 ベジータは眉を顰めた。 (う、動けん……!) どうやら彼の腕と足に抱き枕よろしくがっちりとホールドされ、抜けられない状態だと言う事だけは理解出来、ベジータは内心戸惑いと焦りを覚える。 否、本気で振り解こうと思えば容易いのだろうが、この美味しいシチュエーションを易々と逃してしまうのも惜しいのだ。 振り返ると、こんなにも積極的に抱きつかれたのは初めてではなかろうか。 悟空は意外と他人からの過剰な接触を好まない性質なので、幾らベジータがアプローチした所でけんもほろろに躱されるだけだった。 故に、今ある幸福な時間は失えない。と、相手を起こさぬよう慎重に腕を回してみる。 ギュウッと力を込めて抱けば、密着した部分から高い体温が伝わって来て温かい。 厚い胸板へ顔を埋めると、仄かに香る石鹸の匂いや規則的に脈打つ心臓の鼓動も心地よかった。 (……まずい) 興奮して、あらぬ場所が熱を持ってしまう。 悟空の背中へと置かれた手が、シャツの上から綺麗に括れたラインを辿っていく。 触るだけだ。 一度火がついた欲望を、止める術など知らない。 意識のない相手を襲うなんて変態極まりないが、寝込みでも狙わなければ気にもとめられず玉砕コースか逆鱗に触れてあの世逝きコースのどちらかに決まっている。 願わくば、悟空が夢から覚める事のないように。そう祈りつつ、下着越しでも分かる程、割り方肉付きのいい尻を揉んだ。 (しかし……触ってみなければ案外分からないものだな) 彼愛用のゆったりとした道着姿は、体の線を隠してしまう(しかも彼はとても着痩せするタイプだ)から、さもありなんと言った所だが。 生地が丈夫なのか、そうそう破ける事も少ないし、斯く言う己とて戦闘の真っ只中で気に掛ける余裕も無かろう。 寧ろ緊迫感溢れる生死を賭けた戦場で、あらんばかりの性欲を滾らせていたらそれはそれで恐ろしい。 敵もびっくりだ。 「う……んん……?」 「!?」 不意に、悟空が小さく呻いて身動ぐのにベジータの心臓が跳ねた。 己に絡まっていた長い手足が、スルッと外される。 嫌われるのは構わない。どうでもいい奴と扱われるよりは何倍もマシだ。ただ、こんな嫌われ方は余りにも悲しすぎる。 (そ、そうだ!手……!!) 緊張で固まっていた所為か、未だ尻を掴んだままの不埒な手を咄嗟に離そうとする。が。 「おめえ、なにやってんの?」 遅かった! 一声で不機嫌と理解出来る短い疑問が頭上から降ってきて、ベジータは冷や汗を流す。 気のせいか、悟空の戦闘力が大幅にアップし、全身が金色に光っているような。 恐る恐る見上げると、金髪碧眼のイイオトコが非常に艶やかな微笑を浮かべているではないか。 ああ、万事休す。 タイミングを大いに誤ってしまったベジータは、悟空本人の拳できっちりと懲らしめられる羽目となった。 何てこった。先にくっ付いて来たのはそっちなのに。 「あ、おとうさん。結局ベジータさんは……」 「さあ。オラが朝起きた時には、とっくにいなかったぜ?」 「そうですか。ところで」 「どうした、悟飯?」 「いえ……何で寝起きなのに超サイヤ人なのかなーって」 それは早朝の孫家で交わされた、親子の恙無い会話であった。 問答無用でズタボロにされ、玄関先でゴミのように放置されたベジータは返す返すも白々しい彼の声を愛おしむ。 (ますます惚れさせやがって、カカロットめ!) 今回の教訓。 『欲を出し過ぎるとロクな目に遭わない。』 但し容赦のない冷徹な悟空の一面に惚れ直したベジータには、最早教訓など益体もない無用物に他ならなかった。 ついでの話。悟空からベジータへと向けられていた僅かな矢印は、見事へし折られた模様。 end |
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