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ラストメッセージの続き




テムザの空は殺風景な景色とは正反対に晴れ渡っていた。
十年前の戦争の傷跡が痛々しく残るこの場所には、砂漠の奥にあることもあって誰も寄り付こうとしない。
そんな荒れ果てた大地に足を踏み入れていたのはつい先日、この世界を災厄から救ったギルド、凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)のメンバー。
彼らは仲間の一人であるジュディスがここの出身だからか、何度かこの場所を訪れていたため、この荒れ果てた景色に驚くことなく険しい山を登っていく。


「あー…その、君たち?」
「なに? レイヴン」
「可笑しいな…おっさん一人でここに来るはずだったんだけど…」


先頭を歩くのはこのギルドでも最高齢であるレイヴン。
いつもなら己の武器の特性もあってか、最後尾を歩く彼だったが今回は違う。
黙々と歩き続けているレイヴンに意地の悪い笑みを浮かべるのはユーリとカロル、そしてパティだった。


「いやぁ。いつもレイヴンがついてこなくていいところについてくるからさ」
「今回はうちらがついていこうと思ってのぉ〜」
「ま、そういうことだ。…場所も場所だしな」


それぞれの反応に、レイヴンは思わずため息をついてしまった。
仲間たちの口はこう言っているものの、実際はレイヴン自身を心配しているのである。
十年前の戦争に参加した、かつて英雄と呼ばれていた彼は、この場所に良い思い出など一つもない。ただ傷を抉るだけの場所だ。
しかしレイヴンは自ら進んでここへ来た。ユーリたちが声をかけなければ一人でいっていたらしい彼を見て、放ってはおけなかったのだ。


「…で、おっさんはわざわざここに何しに来たんだ? ジュディなら別件でいねぇけど」
「えっジュディスちゃんいないの!? それもっと早く言ってよ青年〜」
「相変わらずおっさんは分かりやすいのじゃ」


かつてクリティア族が住んでいたというテムザには、誰一人いない。唯一テムザの生き残りであるジュディスが時々この地で身体を休めるだけで、ここには誰もいなかった。
ユーリの発言に明らかに肩を落としながらも、レイヴンはテムザの跡を進む。


「だからさ、レイヴンはどうしてここに来たの? まさか本当にジュディスが目当てだったわけじゃないんでしょ?」
「失礼だぞカロルくん。俺はいつだってジュディスちゃんを追いかけてる!」


凛々の明星の三人はすでに気付いていた。レイヴンが何かを誤魔化していることに。
それを敢えて問い質さないのは場所が場所であるからと、彼が昔のように何か追い詰めたような様子がなかったからだ。
ふと、レイヴンの足が止まる。それと同時に他の三人も足を止めた。レイヴンは懐から何かを取り出し、きょろきょろと辺りを見回す。


「レイヴン?」
「……うん。おっさんの用はこれでおしまい」
「はぁ?」
「も、もう済んだのか!?」
「正確に言うとテムザでの用はこれでおしまい。さ、山を下りよう」


へらっと笑って踵を返し、本当に街を去っていくレイヴンの背中を見て、ユーリたちは不思議そうに顔を見合わせる。
どこか不満そうな表情をしているパティやカロルに「だから一人で来ようと思ったのに」と愚痴を零したのはレイヴンの方だった。
――その後もレイヴンは、何回か懐から出した何かを見つめたあと、辺りをゆっくり見回し、その場を後にする。という行動を繰り返す。その度にカロルやパティは首を傾げたが、ユーリは彼のある変化に気がついていた。


「…なあおっさん。さっきから見ては閉じてるその本、何なんだ?」


その変化にユーリは内心驚きながら、敢えて遠まわしな疑問を口にする。
振り返ったレイヴンの手に握られていたのは、確かに古びた本だった。…否、本と呼ぶにはあまりにもページが荒い。何かのノートのようだ。
ユーリの問いに驚くこともなく、嫌な顔をするわけでもなく、レイヴンはいつもの子供のような笑みを湛えている。


「これ? んー…日記かな」
「日記? レイヴン、日記なんてつけてたの?」
「まあ、ちょっとね。俺も城の自室を片付けてたら見つけて思い出したっていうか」
「おっさんの昔の日記というわけじゃな!」


まあ、そんなとこ。
曖昧な答えを返しながらも、その表情はどこか晴れ晴れとしていた。
ユーリはその変化にふっと微笑みを零す。一番最初にテムザに入ったときが嘘のように、今日のレイヴンの表情がどんどん活力を取り戻しているように見えたのだ。
彼の様子を見てなんとなく理解できる。その日記とやらを見ながら、当時のことを思い出していたのだろう。
恐らくそれは、戦争という痛い傷跡だけではない思い出。


「あっ! 今、変なとこ触ったでしょ!」
「触ってねえよ! 手当てしてやってるのになんだよその態度は!」
「う、うるさいわね! そう思わせるあんたが悪い!」



「(あんときはあいつの怪我を手当てするのに必死でずっと黙ってたからなぁ。…あいつ、沈黙が耐えらんなかったのか)」


「なぁ〜に一丁前に見惚れてんだよ」
「いった! なにすんのよ! 女性を蹴るなんてどんな神経してるわけっ?!」
「女性? 女性って誰のこ……いでっ! なにしやがる!?」
「ふんっ先に仕掛けてきたのはあんたの方でしょ」
「このアマ…」



「(デュークに見惚れてたあいつを見て、カッとなったんだっけ。蹴り合いをしているうちにその熱もどっかにいったような…)」


「あんな魔物…勝てるわけないじゃない」
「…何弱気になってるんだよ」
「だってあんたも見たでしょ!? あんなに強力な結界が効かなかったんだよ? 人も…たくさん死んで…」
「大丈夫だ。俺たちは帝都に帰れる。…俺を……俺とキャナリを信じろよ」



「(ああ…ホント…あの頃の俺って無責任すぎる)」


かつて黒く塗りつぶしていた記憶は"彼女"の日記と共に見えないところに隠していた。…シュヴァーンになるために、この日記はあってはならないものだったというのに、当時の彼は捨てることが出来なかった。ただ、部屋の奥に隠すことしか。
"彼女"から託されたこの日記をちゃんと読んだのは、十年以上もたった今が初めて。レイヴンはこの日記にそって、城や下町や街を回り、この日記の最後の舞台…このテムザへとやってきたのだ。
二度と思い出したくないと思っていた記憶なはずだったのに、不思議と、この日記を読みながら思い出していくと笑っていられる記憶に摩り替わっていた。


かみさま、もしいるならどうか


勿論すべてが、というわけではなかったが。
過去を捨て、自分すらも隠してきたレイヴンにとってそれは革命に近いものがあった。
記憶が、塗り替えられていく。
ただの痛みでしかなかったものが、"彼女"のおかげでちゃんとした思い出に。


わたしの世界をかえてくれたふたりを助けてください。




「(―――ナマエ)」



ユーリたちの視線を受けながらも、レイヴンもその日記を抱きしめた。
"彼女"の日記を最後まで読んだその瞬間、胸から溢れ出た感情の名前をレイヴンは知らない。分からない。
分からなかったが、気付けば自分の歳も考えずに泣き叫んでいた。
ああ、彼女は…彼女達は確かに、あそこで生きていたのだと。



「俺はここで生きてるよ。…お前が俺の世界を変えてくれたから」



テムザを出て少し。砂漠に入り始めたその場所はレイヴンは静かに呟く。
その視線の先には、なんの変哲も無い砂の地面があるだけだったが、彼にとってこの場所は、ただの場所ではない。
――確かに、このあたりで"彼女"は死んだのだ。


「…かみさま、もし、本当にいるんだったら…」


"彼女"を真似て続く言葉を、レイヴンはぐっと飲み込んだ。
そして頭を乱暴に掻くと、日記を再び懐に仕舞い、待っててくれていたユーリたちの元へ笑顔で戻る。
――もしもこの日記が残されていなかったら、自分はきっと彼女たちがここで戦ったことを後悔ばかりして否定してしまっていただろう。
それを防いでくれたのは…この日記であり、"彼女"だ。

かみさま、なんかじゃない。



「(だから俺は、お前に願うよナマエ。お前が向こうでも笑ってることを。いつか俺も時がきたら…お前と同じところに行けるように)」



そして、こんな俺への文句ばかりを綴った日記を、投げ返せるように。




レイヴンは空を見上げた。
辺りにはカロルやパティの笑い声、そしてユーリのからかうような声が聞こえる。
世界は平和になって、あの頃とは何もかも違う。
けれど、自分は胸を張って生きている。
自分にも、"彼女"にも恥がないように。ゆっくりと。

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