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6月

 報道を知った時のことはよく覚えている。

 その日のわたしは浮かれて眠りについた。図書委員の当番の日だったからだ。明日になれば堂々と工藤くんと話ができる。読み終わった本の感想を伝えられる。どんな反応を返してくれるだろう、そう思っていた。

 ところが工藤くんは登校して来なかった。なぜか平田くんも欠席だった。先生が「工藤と平田と揃って連絡も無しに欠席とは妙だな」と首を傾げていたのが妙に記憶に残った。
 事態が急変したのは午後の授業に入った頃。授業中の教室に慌ただしく教頭先生が駆け込み、先生は連れて行かれ自習となった。隣のクラスも、そのまた向こうのクラスもそうで、ただならぬ雰囲気だった。
 異変の理由を悟ったのは帰宅して何気なくテレビをつけてからのこと。
 朝のニュースはどのチャンネルもおかしな光景だった。番組プログラムを変更してまで放送される犯人と警察の大捕り物。地上や空から犯人の逃げ込んだ路地裏を追っている。そんな映像がひっきりなしに何度も紹介されていた。
 帰宅したなりからこんなニュースかぁ、一日の締めくらい地方ニュースでも見てたいよ、とリモコンを置こうとして固まった。
 映像の中でリポーターが犯人の確保を興奮気味に伝えている。「どうやら少年、少年です!」声を背景に画面が映したのは見覚えのある制服に背格好。あれ、うちの学校の。見覚えがあるような。
 目も離せないまま、テレビに釘付けになった。口の中がぱさぱさになる。すう、と背筋が冷える感覚。
 犯人と報道されている少年は野次馬や警察によって阻まれ、一瞬しか映らなかった。知らない人が見ればただの少年の背格好だけど、あれは間違いなく工藤くんだった。
 何かの間違いに違いない、そう思ってテロップを見直す。

『15時間逃走!! 殺人容疑者逮捕 犯人は少年か』

 リモコンが鈍い音を立てて落ちた。


 翌日の学校にまで不穏な雰囲気が漂っていた。そこかしこで誰かが噂をしている。工藤くんのことを直接知らない人も、制服がテレビに映ったことで殺人の容疑者が学校の関係者であるのに気付いている。

 平田くんはその日も欠席していた。
 クラスじゅうここぞとばかりに騒がしい。わたしの周りでだけだった。会話が死んでいたのは。

 工藤くんのニュースは同じ映像が繰り返されるばかり、未成年というのもあってか、まともな続報もない状態だった。あの捕り物映像を狂ったように繰り返しているらしい。
 朝礼時にも、先生は直接工藤くんとは言わずに「事件が起きたために学校周辺に記者が出回っている、興味本位で答えないように」と少し触れたきりだった。でもこの調子では夕方のニュースで、顔を隠した誰かが犯人像について語るだろうことは容易に想像できた。

 わたしはというと、正直どう受け止めるべきなのか分からなかった。図書当番同士であるのを覚えていた誰かが根掘り葉掘り尋ねてきたが、本気で何を返せばいいのかわからなかった。彼らの求める答えを、わたしは出せる気がしなかったのだ。
 一カ月が緩慢に過ごされるなかで、まだ帰ってこない工藤くんのことを考えた。まだ顔を見せない平田くんのことも気にかかっていた。

 平田くんが学校に出てくるようになったのは6月からのことだった。
 まるでヒーローインタビューだった。朝登校してから休み時間はもちろんのこと、放課後帰宅する時も平田くんの周囲をクラスの子らや興味本位の他クラスの人が取り囲んでいる。
 ずっと胸の内でもやもやとしていたものを払拭できるかもしれない。そう思って何度か話しかけようとしたけど、結局取り巻きの一員になるばかりで一対一でじっくり腰を据えて対話が出来る状況にはなかなか巡り合えなかった。

「平田くん」
「えっ、何」

 クラスメイトであること以外、殆ど接点のないわたしから話しかけたのが平田くんには不思議だったのだろう。でも面食らった顔はすぐに野次馬に向けられる目そのものだった。逆にこちらが奇異の目で見られているような感じに陥りそうだった。
 言葉につかえていると、平田くんはわかるよといった様子で一緒に下校しながら話そうと提案した。教室の真ん中でかけられる話題でもないのでほっとする反面、さっきの感覚もまだ残っていて躊躇する自分と半々。
 だとしてもせっかくの機会を蹴れるわけもない。了承した。

「前から話してみたかったんだよね」
「そうなの。わたしも聞きたいことがあって」
「事件のこと? …あんまり思い出したくないなあ」

 平田くんが登校するようになった日、聞かれるより早く当夜のことを語っていたのを知っているわたしは呆気に取られかけ、慌てて表情を隠した。

「おじいさんのこと残念だったね。もう家は落ち着いてきた?」
「ああ……うん、まだ家じゅう伏せってるよ。僕もしばらく外にも出られなかったし、親父も相当参ってる。ことがことだからね…」
「その、亡くなったんだもんね。突然で犯人のことも知ってて、とくに平田くんは気持ちの整理つかないよね」

 出来る限り気持ちに沿うように言葉を選びつつ核心に触れていくつもりだった。のに、わたしが言葉をかけたとたん、平田くんはカッと目を見開き、なんとも言えない奇妙な表情でわたしの手を掴んできた。

「そう、そうなんだよ…! きみだけだよそんなこと言ってくれるの! 他の奴らときたらこっちの心中も察せずにガツガツ聞いてくるばっかでさ…! 嬉しいよ!」

 いつのまにか両手にわたしの手を包み込んで祈るようにしている平田くん。圧倒され目を瞬かせる。ちょっと過剰じゃないかってくらいの反応だった。これくらいの台詞はみんなかけていたはずだ。
 妙な感覚が次第に増していく。

「みんな、もちろん好奇心あったと思うけど心配してたよ平田くん休みの間……」
「だけど凹んでるときに気になってる子に心配されるのが一番だろ?」

 頭の中にズラーッとクエスチョンマークが羅列される。
 気圧されてか平田くんの姿が迫ってきている。じゃない、本当に近付いてきていた。目がこわい。同世代の男の子に対して恐ろしいと感情を抱くなんて思いもしなかった。
 蛇だ。蛇の目が酔っている。

「ごめん! そういうんじゃないから!」

 逃げなきゃ、と思って手を振り払い、元来た道へ駆け出した。「んだよ」と小さく吐き出された男の声が背後でした。
 何がどこが、とは指し示せないけど、平田くんはおかしい。何かボタンがかけ違っている。

 その後しばらくして仲の良い子が平田くんのことを「ひっきりなしに話題になるから、モテはじめたとか勘違いしてるみたい」と呟いていた。小声で話していたのに離れた席の平田くんと目があって、何も無かったみたいに微笑まれた。
 ただの呟きは教室の喧騒に消えたきり、以降の話題に上ることはなかった。


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