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03

 花京院との奇妙な時間共有がはじまったが、同じ教室内に居ても私たちは会話をするどころか、目を合わせることさえなかった。
 私は花京院の色が欲しかったが、花京院を欲したわけではなかったからだ。だというのに『テスト期間中に美術室で密会する』この約束は、誰にも知られない秘密基地を作り上げたかのような奇妙な高揚を私にもたらした。一度として花京院から秘密基地の居心地を伺ったことはなかったけれど、それでも彼もまた同じ感情を抱いてくれていたに違いない。
 けれども所詮、クラスメイトにとっての私と花京院は、何ら接点のないまったくの『他人』であるには違いなかったし、約束を交わしたとはいえお互いの間には深い溝が横たわっているのに変わりはなかった。

「どうかな。わりと描けていると思うんだけれど」
「上手く、ねぇ」

 たしかに花京院の絵は"上手かった"。が、お手本通りの上手さには収まっていなかった。
 彼の絵はどこか陰惨としていて暗い。家から持って来たデッサンを数枚見せてもらったが、ただの静物画がよくもまあこうも重苦しい雰囲気をはらむようになるものだと感心した。ただ上手く物を描くぐらいならそんじょそこらの小中学生だって出来ることだが、個性を伴って差し迫って来るのはやはり実力があるからと言っていい。底抜けに暗いとはいえ馬鹿にもできない。それどころか、私と同じ年のくらいで妙なセンスを身につけたものだと思う。
 眉目秀麗を地で行く上に才能まで兼ね備えさせるだなんて、神さまとは何て不平等に人間を作りやがるのか。

「上手だけど腹立つ感じ」
「それは残念だな。どの辺がそう感じさせるんだい」

 私の悪態を予想でもしていたか。花京院は別段気にした節もなかった。
 独学で絵をやっている素人の目からだったが、好き嫌いは別にして素直な感想を羅列するのに徹した。花京院にとって私の講評が役立ったかは知らないが、相槌も上手く話を聞かれると悪い気はしなかった。
 なんだか敗北した気がした。

「次はきみのを批評する番?」
「いいよ。要らない」

 きっぱりと拒否すると花京院は「為になるのに」だとか捨て台詞を吐いて、自分のイーゼルの前に戻って行った。
 花京院のことは素直に認めたけれど、私は聞く耳を生憎とまだ持ち合わせていなかった。

「ひとつ聞いてもいいかな」

 イーゼルの向こうから花京院が言った。ここからでは彼の顔が見えない。体を傾げて覗きこむと、デッサン用の木炭を手にした花京院が申し訳なさそうにしている。
 その前で木炭紙が、窓から吹き込んでくる風に揺れている。デッサンの準備をしているようだったが、テーブルの上にモチーフは置かれていない。

「なに」
「…ごめん、名前覚えてないんだ」

 私はそこでようやく、花京院に「きみ」としか呼ばれていないのに気付いた。
 同じクラスだというのに。どれだけ興味を持たれていなかったのかと自覚すると笑えてくる。私の方ばかり彼のことを"想いすぎ"だ、と思った。

「名前だよ。"花京院くん"」
 嫌味ったらしく言ったのに、花京院はにっこりと底の見えない微笑を湛えやがった。
「よろしく名前さん」

 やはり、私の方が彼のことを無駄に意識していたのだ。
 とても、とても馬鹿らしいことに。


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