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01:一方通行の願いごと

思い返せば空条承太郎との接点はわたしには全くなかった。彼は札付きのワルだとか、異国の血を受け継いだ二枚目顔だとかでこのあたりでは色んな意味でも有名人だったから、ミーハーな話に疎いわたしの元にも黙っているだけで噂がきこえていた。だから存在はいやでも知っていた。
そんな中学生のときには彼と私は毎年同じクラスだったらしいのだが、残念ながら彼がどんな中学校生活を送っていたのかほとんど覚えていない。目の端に彼をとらえてぼうっとさせられたこともあったけれど、当時からわたしは現実主義のいやな子どもだったから、憧れて終わってしまうような恋愛よりももっと無難なものに惹かれていたのだ。誤解を恐れずにいうなら、芸能人のようにライバルがたくさんいる人より、休み時間にも自分のテリトリーを持って静かに本を読みふけるような人。他人に心を揺さぶられて疲れるのは絶対にいやだった。
ああ、でもたったひとつ、忘れられない思い出があったっけ。

中学最後の七夕。担任の先生が朝礼に実家から刈ってきたという笹をもってきて、教室をにぎわせた。みんなで願いごとの短冊を飾ろうと先生は朗らかな顔で言い、配られた短冊に思い思いに願いをつづった。高校受験を控える多くの友達が合格祈願を書くなか、もちろんわたしも受験を控えていたのだけどそれは今年の頭に絵馬に願ったから別として、なんとなく浮かんだもう一つの願いを短冊に託した。
後ろの席の方では空条くんの取り巻きの女の子たちが楽しそうに彼の机を囲んでいる。
「ねえ、JOJOはなんて書くの」
「あっもう書いちゃってる! 見せて見せて」
頑として無視を決め込む彼をちらりと見て、人気者は大変だなぁと完全にひとごとだった。

その日の放課後、委員会の仕事も終わってすっかり日の落ちた教室に一人きりだ。教室の隅に飾られた笹に歩み寄る。色とりどりの短冊と装飾に包まれた笹は夕日すら浴びてきれいに映えている。
自分の願いごとを確認する。笹の下の方にこっそりと飾ったのだった。

『海のみえる家に住みたい』

クラスメートの願いも見渡すと、楽しい。
『宇宙飛行士に、おれはなる!』
『絵が上手になりますように』
『打倒JOJO』
『楽しい余生』
思わず噴き出してしまうようなものまである。一通り見渡してから、壁と接している側の判りづらい場所に空条くんの短冊が飾られていた。何も考えずに好奇心だけで彼の短冊を手に取った。

『海のそばに住む』

どうしようもない、ときめきってやつに襲われたんだと思う。その中学生にしては整った字が、わたしの鼓動をどうしようもなく早まらせた。
顔が火照って火照って、その場に立ち止まっていられなくて逃げ出した。
意図せずして彼と同じような願いを書いただけじゃない。彼は願いを書いたわけじゃない。空条くんはそうなるのがさも当然みたいに未来のことを書いたのだ。

「うみのそばに、すむ」

息が荒げた。
それからすぐに親の都合で海外に戻ることになって、わたしの願いを見て空条くんがどんな反応をするのかはとうとう拝めなかった。



海に面したベランダの柵に寄りかかって、沈んでいく陽を海上に見ていた。
あれからどれだけの月日が経ったのだろう。なあんてことを考えてしまうようになったのは私の心も年月如何ではなく老けてしまったからなのか。わたしももうすっかり大人になった。異国の地に落ち着いた今でも、どうしてか毎年わざわざネットで取り寄せてまで笹を飾ってしまうのはあの時の思い出が大切なものになっているからなのかもしれない。

「名前」
「ん?」
「徐倫が泣いてる」
「あらら…お父さん何とかしてよ」

苦笑して振り向くと困ったような声色が返ってくる。

「…俺があやすともっとひどくなる」
「あはは、いい気味」

生まれた時からモテ人生を歩んできたこの人に最後の最後に神さまはちょっとした悪戯でも仕組んでくれたらしい。溺愛する娘にぐずられるだなんてかわいそうだが、これくらいの不幸なら許されたっていい。…と簡単に思う私は最低かもしれない。
案の定、お父さんは私の台詞にイラついたご様子で「早くしろ」と急かす。

「はいはい、今行きますよ徐倫」


たまに思い出したみたいに彼は言う。
「名前、もっといい家に住みたくないのか」
それに答える私の回答はいつだって決まっている。
答えを聞いた彼はどんなときも微笑むのだ。


海のそばに、住みたかったから。


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