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4月

 「なあ」とか「おい」とか、兎も角自分へ声をかけられたのにだけ気付いた。ちょうど帰り支度にと荷物をまとめていたところだったわたしが、カバンの中をのぞいていた顔を上げると、工藤くんが机を一個挟んだところからこっちを見据えていた。
 工藤くんとはあまり話したことがない。多分朝に顔を合わせて「おはよう」を言うくらいだ。斜め前の席に座って一人で黙々と読書に耽っている――クラスメイトの男の子。

「今から、委員会」

 簡潔に言って工藤くんは視線を追わせるように教室前の時計を仰ぎ見た。そういえば、先生が朝のHRで「放課後に各委員会の打ち合わせがある」とか言っていたような気がする。
 でも彼の言うことと、私が呼びとめられたことに何の関係があるのかよくわからず、しばし工藤くんの目を見つめた。

「昨日あんた休んでたろ」

 どうやら病欠中に、私は工藤くんと一緒に図書委員に振り分けられたらしかった。クラスでは何かしらの係や委員の役目を担わなくてはならないから、班の仕事も持っていない上に休みだった私は穴を埋めるのにちょうど良かったのだろう。

「そっか、ありがとう」

 図書委員なのだから委員会も図書室だろう、と尋ねもせずに判断する。というのも、必要最低限のことしか言わない工藤くんが、わたしに話しかけた時のまま机の前から動かずこちらを見つめているものだから……内気な性格と恥ずかしさから、会話が続かない。わたしはふたたびもたもたと教科書やらノートやらをカバンに詰めはじめる。のに、工藤くんはその場から動く気配もない。

 もしかして待ってくれてるんだろうか、と過ぎって、どうしてとも思う。工藤くんとわたしは仲が良いわけでもない。そもそも彼は人と率先して交流する人でない、排他的な人間だと思っていたものだから、余計に困惑した。
 けれど、現に工藤くんは律義にわたしが荷物をまとめ終えるのを待ってくれているようだった。もう一度顔を上げて様子を伺うと、そばの机に寄りかかって、文庫本を器用に片手で読んでいる。

 教室の窓から差し込む陽が工藤くんの影を大きくした。浮かび上がるのは普通の男の子より少したくましい腕と、右頬の火傷痕。
 思わずじっと夢中になった。
 最初こそ驚きこそすれ、日が経つにつれてなんてことのない日常にはなったけれど、もともとそれほど、いや全く接点もなく過ごしてきたものだから、意識してみるとこうも違うものかと思う。だからといってわたしはまたその痕に驚いたりしたわけではなく、どちらかといえば、最初の時とは違う感覚だった。

 彼を見てわたしは――なんだかきれいだなあ――と、とんちんかんなことを思ってしまったのだ。
 夕日がきれいだなあ と思うあのベクトルで。

「もういいよ、ありがとう。行こう工藤くん」

 カバンを提げて呼びかけると、工藤くんは本から落ち着いた所作で顔を上げ、その次にわたしの方を見、教室から出て行った。
 わたしも勿論すぐに工藤くんの後を追って速足で廊下に出る。体を激しく動かしたわけでもないのに、体育の外周マラソンをこなした時みたく胸がはりつめてドキドキしていた。体の中に何か得体の知れない感覚がせり上がってきている。
 横に並んで歩くのも、かといって距離をとって向かうのも違っているのは確かだった。わたしは工藤くんの二歩斜め後ろくらいに着いて歩き、委員会で待ち受けているであろう仕事のことで頭をいっぱいにするのに専念した。


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