09

 役員たちに半ば無理矢理生徒会室と続く仮眠室に押し込まれ、外から鍵を閉められてしまった。外に出せと怒鳴ってもあいつらは一切人の話を聞こうとせず、それどころか上原とちゃんと話をして恋心に決着をつけろとまで言い出す始末。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ。

 あとで覚えてろよ、とこころの中で悪態を吐いてから、どうすればいいのかわからないように右往左往する上原を振り返った。相変わらずの長い前髪だった。どんな表情をしているのかさっぱりわからない。

「あ、の」
「悪かった。もう関わらないようにする」

 侘びとしてなんでも話を聞こう、と短く言う。なるべく声を震わせないようにするのに必死だった。上原の言葉はあまり聞きたくないのと同時に、もっとその声を聞きたくて突き放してほしくないとも思う。いままでどうやって他人と会話を進めてきたのか思い出せないくらいの沈黙が降りる。

 引き結んだくちびるを情けなく震わせた上原は、それでも「嫌、です」と小さな声で答えた。何が嫌なのかわからずに首を傾げれば、あの、その、などと言いにくそうに言葉を濁す男。

 上原の手には派手なヘアピンが握られていて、それが先ほど会計から押し付けられたものだというのは訊かずともわかった。前髪が邪魔だから退けたほうがいいよぉ、とだらしない顔で言う会計が容易に想像できて肩を落とす。余計なことばかりしてくれるが、それについては少しだけ褒められた。

 上原は暫く言いにくそうにもごもごと口の中で何かを喋っていたが、何を言われているのか理解できないうえに自分が悪いことをしたという自覚があるため気が気じゃない。

 はっきりと言ってほしい。突き放すなら希望がないくらい強く冷たく突き放してほしい。

 中途半端に気持ちを生かされているのは火に焼かれるよりもつらい。まるで炙られているかのような感覚で、燻る気持ちは日に日に大きくなっていくばかりだった。

「なかったことに、してほしくないです」

 上原は意を決したように震えるくちびるを開き、言葉を発した。聞き間違えでなければ、いまこの男は「なかったことにしたくない」と言った。それが脅しのような意味を含んだものでないというのは、長い前髪から覗く耳や頬が異様に赤くなっているからだろう。

「おれ、キ、キスされたのは驚いたけど、本当は、とても、嬉しくてっ……」

 ヘアピンを握った手にぎゅっと強く力を込めながら、上原は勢いに乗ったようになめらかに言葉を紡ぐ。時折舌を噛んで奇妙な声を出していたが、それでもこいつが必死なのだというのは見ていてよくわかる。

「その、ずっと気になってたんですけど、キスされてから、それが恋愛感情だって、気づいて」

 気になり始めたのはおれが「セックスするぞ」と言った初めて出会ったあの日から。最初はほかの生徒たちと同じように生徒会長だから気になっていたのだと思い込んでいたらしい。だがそれが次第に変わっていって、最終的には抱きたいだの誰にも抱かれてほしくないだのと思い始めたのだという。

 表裏のないこの男の話だから、それが事実なのだと納得できた。ほかの生徒がこんなことを言ったって、そう都合のいいことがあるわけないと否定したところだろう。

「それでも貴方は裏庭に来なくなってしまったから、キスしたことで飽きられたんだと思って」

 あのときくちびるがひどく乾燥していたから、と自信なさげに声を沈ませた上原に笑いがこみあげそうになる。それもこれも、この男に嫌われていたわけではないのだとわかったからだ。

「おれ、おれっ……貴方のことが好きなんです、五十嵐会長」

 上原の言葉に、文字通り鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまう。周りからはどう見えているかはわからないが、おれはそんな表情をしてしまっているように思えた。

 嬉しい、嬉しい。

 その一言がじわりじわりと胸の奥から迫り上がってきて、言葉もなくくちびるを震わせた。じっとしていることができずに、縋るようにして上原の腕を掴み少し上にある顔を見上げた。下から見ても目は見えず本心はわからなかったが、その薄いくちびるから漏れる声が演技ではないとわかるから、確かめたかった。

「だからなかったことにしてほしくない、です……」

 いまにも消え入りそうな声でそう締め括った上原に、視界が歪む。「おれだってなかったことにしたくない」と言おうと思ったのにうまく言葉が紡げずに喉が震えた。

「あ、あの、五十嵐会長……?」

 おれよりずっと不安そうな声を出す上原に、うじうじしているのが馬鹿らしくなってハハッと乾いた笑みが零れた。やさしい顔をしていて、純粋で初心で、童貞で、でもそんなこいつにおれは惹かれた。すべてにおいてこいつでなければならない理由があり、この男だから無意識のうちに惹かれていたのだとわかる。

「……名前で呼べよ」

 おれが一言好きだと告げれば、それでおれたちは交際を始めることができるかもしれない。それでも、その一言はまだ言えそうになくて、距離を縮めるために短く言った。
 名前を呼ぶことを許したのは、家族以外ではこの男が初めてだ。それにいつか気づいてほしい。

「は、はるみ、さん!」

 満面の笑みを浮かべておれを締め殺すんじゃないかというぐらいの力で抱きしめてきた上原を、おれも同じくらいの力加減で抱き締め返した。うれしいです、というその声をいままでにないくらい近い距離で聞いて、おれもだ、と返事をするまであと少し。





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(C)siwasu 2012.03.21


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