Ex.体育祭02 …とは言っても特に運動神経抜群と自負できる程の能力はない、どちらかと言えば文系派の俺がどうあがいても運動部に勝てる筈などなかった。 「わー…会長がこんな汗だくなの初めて見た〜」 「面白いから写メ撮っとこ」 「ぜっ、は、っはっ、は…っ、…はぁ、はぁ………お、前ら、な…ぁっ」 団体競技もそうだが特に個人競技に必死になった結果、何とか総合5位以内には食い込めたものの正直息も絶え絶えな俺は、言い返す力もなく集会用テントの下のベンチに座り込むと誰も座らないのをいいことにそのまま仰向けに寝転がった。 何回かカメラのシャッター音が聞こえてくるが怒る力も出ない。テントの向こうから見える眩しい太陽に目を眩ませていると、突然冷たいタオルが視界を覆った。 「ちば、だいじょーぶ?」 顔を冷やしながらゆっくり視線を向けると、腹の上から沢庵が心配そうに覗き込んでいる。返事しようにも気力のない俺は、代わりにその冷たい体温を撫でながら抱きしめた。 「会長、あとは総合10位までの生徒で行う障害物競走だけだから頑張って〜」 「そうそう、1位になれる逆転のチャンスだよ?」 「もう嫌だ。家に帰りたい。クーラーの効いた部屋でゆっくり本読みたい。団子食べたい」 「あ、会長の引きこもり癖が出てきた」 冴木の呆れたような声が聞こえてくる。うるさい、元々俺はインドア派なんだ。ここまで頑張ったんならもういいんじゃないのか。そう自分に心中で囁いていると、沢庵が頬を優しく撫でてきた。 「ちば、がんばった、えらいえらーい!」 「沢庵…」 いやちょっと待て俺。そもそも今まで頑張ってきたのは沢庵が誰かとデートされるのが嫌だからな訳であって、ここで諦めたら優勝者が沢庵を指名するかもしれないのを指をくわえてただ見つめているしか出来ないということだ。それは絶対に嫌だ。 「会長〜そろそろ障害物始まるけどどうする?流石にリタイアす…」 「出る」 流石に心配になったのか、いつもより気遣った里田の声音に被せるように俺は起き上がり答えた。 「ちば、がんばる?」 「…頑張る」 沢庵の質問に頷くと、突然沢庵が俺の口に窪みを押し付けてきて、 「がんばれー、の、ちゅー!」 「お前の為に絶対優勝してくるからな…!」 あまりの可愛さに思いっきり抱きしめた。これは絶対何が何でも、優勝するしかない。 「会長…たっくん頭に乗せたままのバランスで全競技出てこの順位って…普通に運動神経いいでしょ」 「沢庵ちゃんテントに置いてけばダントツ優勝だったのに…何で気付かないんだろ〜」 「そりゃたっくん馬鹿だからじゃない?」 ちなみに競技の参加に向かう俺を見送る二人の会話は、当然俺には聞こえていなかった。 逆転のチャンスとなる障害物競走は流石に沢庵にテントで待機してもらっていた。周りが皆運動部の為怪我をさせる恐れもあるからだ。 5つの障害を乗り越えて先にあるテープを一番に切った者には、今の持ち得点がそのまま入るようになっている。ちなみに2位は半分と、順位が下がる毎に貰える自得点の割合も変わってくる。現時点で5位以内の者が優勝してしまえば4位の俺が2位でも負けてしまう為、やはり優勝するしか道は残されていない。 スタートの合図と共に、俺は勢いよく駆け出した。 「ちばー!がんばれー!!」 恐らく親衛隊であろう黄色い歓声の中、沢庵の声が耳に入って思わず笑みが洩れる。最初の障害は平均台。難易度が低くて2位で抜け出せた俺は、目の前を走る運動部を睨みながら次のバットに進んだ。 正直、このバットを額につけて回るのは平衡感覚が崩れる為その後が走りにくい。普通ならその後に平均台がくるものなのにと思いながらも、何とかバッドを抜け出せた俺はふらつく足で次の障害に向けて走った。どうやら1位で抜け出せたらしい。先程の1位が地面に尻餅をついている。 (よしっ) この調子なら、と次の障害に走る。待っていたのは網くぐりだった。これなら早々に抜け出せるだろう、と勢いよく網の下をくぐった所で何かがおかしいことに気付いた。地面が、白くてヌルヌルしている。正直言ってかなり気持ち悪い。 「、っれ…ローションだろ…!」 何健全な体育祭にこんなバラエティー番組で使うような下品なものを使ってるんだ! そういえばこの障害物は実行委員の発案だったな、と怒りを覚えながらもゆっくり足を進めるが、屈んでいる状態な上に先程のバットで平衡感覚をずらされている俺はすぐに足首が網に引っかかって転んだ。上半身と頬にべたりとつくローションがとにかく不快だ。周りをチラリと一瞥すれば、同じように進めないでいる運動部がチラホラと見える。 「くそっ、とりあえずこの足を外さないと…っ」 俺は網に絡んでしまった右足を懸命に寄せて解いていく。既にほぼ全員が網くぐりに辿り着いていた。これはなかなか優勝者の見えない争いになってきたぞ…。 司会役の楽しそうな声に苛立ちを覚えながら、何とか足を開放させていざ前に進もうと体を捻った時だった。 「ちばー!あぶない、よー!!」 沢庵の大きな声が聞こえて俺は思わずそちらの方を見る。同時に、上から緑色の液体が降ってきた。 「なん…っ」 周りの選手も悲鳴に似た叫び声をあげている。ひんやりとした、水とも違う液体がドロリと服を伝って内部に侵入してきた瞬間、体が素直に火照って俺は気付いた。 (スライムか…!) 実行委員もいい嫌がらせをしてくれる。踏めばぐにゃぐにゃと動く感触が気持ち悪いのか、選手たちも進むことを躊躇っているようだ。 そこをこれ幸いと、俺は別の意味で動けなくなる前に網をくぐりきった。逆に慣れたもので助かったのかどうなのか。まだ網くぐりから誰も出てくる気配のない様子に少しペースを落として入り込んだスライムを取っていく。幸いローションのおかげか徐々に液体に近付いてきていたスライムは、思った以上にあっさりと払うことが出来た。 (パンツの中にあるものは…仕方ない、ゴールしてからトイレに向かおう) これは沢庵じゃない、沢庵じゃないからと己に言い聞かせながら高ぶりそうになる息子を制して次の障害に進む。タイミングがいいのか、次は梯子抜けだった為俺は少し前屈みになりそうだった体勢をそのまま倒して梯子の間をくぐり抜けた。多分普段ならギリギリだろう枠の中も、残っていたローションで滑って通りやすくなっていたから喜んでいいのか…。 ようやく最後の障害となるパン食いは、丁度お腹が減ってたので普通にクリームパンを飛んで引きちぎると食べながら進んだ。口の端にクリームが残ってしまったが、正直ローションやらスライムやらで顔が汚れている為舐め取るのは躊躇う。 そうこうしている内に網くぐりからペースをあげてきたのか二人の選手が迫ってきた。必死な二人の形相に俺は逃げるように懇親の力を振り絞る。あと、2メートル…っ。 「「おめでとうございまーす!!!」」 テープを切った瞬間。端を摘んでいた二人の生徒が笑顔で隠していたのであろうクラッカーを引いた。パァン、という音と共に紙吹雪が舞う。どうやら、何とか優勝出来たらしい。俺は安堵の息と共に、そのまま地面に転がり込んだ。 「もう暫く運動はしないぞ…」 1年分の体力を使ったような疲労感に息を整えていると、里田と冴木が走り寄ってきた。あまり寝転がっていても邪魔だろうと、俺は二人に手を振りながら上半身を起こした。 「おっ…え、うおっ!おお!?」 が、急に自分の体が宙を浮いてバランスを崩しそうになる。驚いて自分の体を見ればまきついている黄色いものには見覚えがあった。 「沢庵…?っておいおいおいおいおいちょっと待て…!」 どうやら俺の下に沢庵がいるようだ。触手を使って俺を抱え上げると、そのまま走って校舎の方に向かう。 「ちょっと待て沢庵!まだ閉会の挨拶とか…っ」 「会長ー!それ僕が代わりにやっときますー!」 「沢庵ちゃんかなーりお怒りだから頑張ってね会長〜!!」 離れていく二人の言葉に俺は目を丸くした。沢庵が怒っている?え、一体何を怒ってるんだ? とりあえず、疲れたから後はお言葉に甘えて二人に任せよう。少しだけ触手に体重を預ける。仕方ない、今日は本当に何もする元気が残ってないのだから。 >> index (C)siwasu 2012.03.21 |