アンバランスな僕等05



 初夏の始まりは蝉の音が鼓膜を劈くように鳴り響き出す所から始まる。
 次に照り付ける太陽。止まらない汗。そして保温袋。あ、これは違う。

「ちゃんと持ったかー」
「あ、はい。ありがとうございます」

 振り返り屋内で煙草を燻らせる先輩に頭を下げた。後ろで先輩の奥さんが店内禁煙と怒鳴っている。

「本当すみません」
「いーよ。別にこんくらい。まぁでもあれだな、お前それはそれで似合ってるな」

 うちはいつでも大歓迎だぞ、と茶化す先輩に苦笑しながら頭を下げる。
 慣れないシートに跨りながら頭に叩き込んだルートを走っていけば、見える目的地。辿り着いた先で降りると、端に寄せて一度深呼吸。いい年して緊張してるのか。思わず苦笑した。

「さ、てと」

 慣れない手つきで部屋番号と呼び出しボタンを押す。暫くして聞こえてきた機械的な声に覚えたマニュアルを上擦った声で返せば、すんなり扉が開いた。
 少し待ったエレベーターの蒸し暑さが増した密室空間の中でシャツを扇いでいると、扉が開き静かだった耳にまた劈くような蝉の鳴き声が入ってくる。
 少しぐらいは大人しくなればいいのに、と眉をしかめながら俺は口元が笑っていることに気付いた。エレベーターを出て左に曲がり、既視感に囚われながら奥の角部屋に向かう。
 息を呑んで扉の前でインターフォンを押せば、聞こえてくる足音。次いで、カチャリと鍵とノブの開く音。

「はい、金額は丁度。レシートいらないから商品だけ渡してくれ」
「…やっぱりまだこればっかり食べてたか。本当あんた、よく今まで生きてこれたね」

 開口一番まくし立てる言葉に呆れた声で返せば、驚いたような視線が俺を刺す。目を見開いて口を開いた、間抜けな表情を見るのは初めてだったので思わず吹き出そうになるのを堪えた。

「っな…、な…」
「なんでお前がいるんだって?あんたがいつも頼んでる街角のデリバリーピザ、昔の職場の先輩が経営してるんだよ。正確には奥さんの家だけど」

 そう言いながら男を部屋の中に押し込んで自分も一緒に滑り込んだ。何か言いたげに睨み付ける男の目線を躱しながら室内を見渡す。綺麗過ぎるキッチンにはこれでもかと積まれたピザの空箱の山。思わず溜息が出る。

「お前…仕事はどうした」
「ん?やってるよ。って言っても今はファッションブランド立ち上げて成功したから、夜の世界から足洗ってまーす」

 言いながら手に持っていたピザの箱をテーブルの上に置いて勝手に開けた。中に入っているのは野菜たっぷりのお手製弁当だが。

「やっぱり上手くいかないもんだね、後から知ったんだけど厄年っていうの?まぁ今はそこそこ収入あるからいいけど、意地張って続けてたら絶対泣き見てたかも」
「何しに…」
「あれからすぐ何とか?っていう女優の奥さんと別れたって報道聞いてからずっと探してたし。まさか九州にいるとは思わなかったけど」
「質問の答えになってな」
「本当先輩にあんたの名前言ってたから気付けたけど、そうじゃなかったら探しようなかったかも。隠れるの上手過ぎでしょ」

 言いながら箱の中身をテーブルに並べていく俺の腕を、苛立たしげな手が掴んで引き寄せた。

「なんだ。あれだけの言葉を並べておいて結局はそうなのか」

 嘲笑うように俺を見下ろす男に、俺は反対の手で帽子をとって正面から見つめた。たじろぎ後ろに一歩下がる姿に以前より弱弱しくなったなぁ、と感じながら肯定の言葉を返す。

「そうだよ。あんたがいなくなってからがらんどうになった部屋で毎日一人泣いてた…って言えば満足する?」
「っ」
「不器用にも程があるでしょ。俺はいつでも受け入れてたし、拒絶したことなんてない」
「あれだけ泣いて暴れてた奴がよく言う」
「…それはまだ子供だったってことで」

 やはり口では男に勝てないらしい。目線を逸らし、もごもごと口を動かす俺の顎を男は乱暴に掴むと荒々しい口付けを落としてきた。
 久しぶりの感触に思わず体が火照りながらも「温かい内に食べてよ」と頼めば「電子レンジがある」と返された。

「…下にバイク置いてあるんだけど?」
「取りに来てもらえ」
「…制服も借りものなんだけど」
「クリーニングに出して後日返せばいい」
「っんと、あんたってやっぱりああ言えばこう言う…」

 脱がされていく制服に慌ててベッドがいいと部屋を見渡せば、左右に部屋があった。
 まさかと思いつつも、断定するように質問する。

「右は?」
「…空き部屋だ」
「本当、不器用な人だね、あんたって」

 笑う俺を強引に左の部屋へと引っ張る男の耳は赤かった。
 10年経ってやっと男のことが分かるなんて、遅すぎる始まりだ。

 蝉の劈くような音が鼓膜を刺激する。
 蒸し暑い気温。止まらない汗。とりあえず、クーラーを付けたい。

 何故かたどたどしい、初めての高校生のような行為に折角とばかりに初めて男の名を呼んだら今まで聞いたことのないような熱の孕んだ声で愛を囁かれた時の俺の張り裂けそうな心情はもう、自分で説明できる。



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(C)siwasu 2012.03.21


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