アンバランスな僕等01



 初夏の始まりは蝉の音が鼓膜を劈くように鳴り響き出す所から始まる。
 次に照り付ける太陽。止まらない汗。そして段ボール。あ、これは違う。

「これで全部かー?」
「あ、はい!あざます!」

 振り返り車内で煙草を燻らせる先輩に頭を下げた。寮からここまで結構な距離がある為、免許を持たない俺にとってわざわざ車を出してくれたことは本当に有りがたい。

「マジで休みの日にすみません」
「いーよ、別にこんくらい。まぁでもあれだな、これでお前も立派な部屋持ちか」

 客連れ込むんじゃねーぞ、と茶化す先輩に苦笑しながら頭を振る。

「それ、部屋まで運ばなくて本当大丈夫なのか?」
「あ、いいっすいいっす!量も少ないし高いモンなんか入ってないから分けて運びます」

 俺の言葉に、先輩がニヤニヤと笑みを浮かべながら腕に嵌めている唯一の貴重品を指さした。
 先日客からの誕生日プレゼントで貰ったこの時計が100万近くすると聞いた時は危うく卒倒しかけたが、人間慣れるもので今では腕にしっくりときていて気に入っている。
 また今度片付いた頃に押しかけるから、と最後に爆弾を落として車を走らせる姿を見送りながら、どうにかして自室を荒らされないようにしなければと脳裏で考えた。

「さ、てと」

 平日の昼間なら利用者もいないだろうと悪いがエレベーターを占拠させて頂く。扉部分に荷物を挟みつつ、エントランスの段ボールを全て中に押し込むと自分も乗り込み4階のボタンを押した。
 蒸し暑さが増した密室空間の中でシャツを扇いでいると、扉が開き静かだった耳にまた劈くような蝉の鳴き声が入ってくる。
 少しぐらいは大人しくなればいいのに、と眉をしかめながらも俺は先程と逆の行為を繰り返した。エレベーターが閉じるとそのまま下へと降りていく。誰か利用者が待っていたのだろう。
 悪いね、と全く悪びれず胸中で呟き荷物を一つ手にして目的の部屋番号を探した。希望の角部屋の鍵をあけると、最近になって改装したらしく独特の臭いが鼻につく。笑みが漏れる。
 東京の中心地に近いだけあって高めの家賃は金銭的に少し無理をしたかも、と感じるが自分への追い込みをかけるものでもあったので問題ない。
 この部屋を手放すことのないように頑張ろう、と拳を強く握り締めて段ボールを扉の間に置き他の荷物を取りに行くべくエレベーター前に戻る。

「っと、」

 エレベーターから誰かが出てきたようだ。二人組の男が俺の荷物を見つめていた。

「あ、サーセン、すぐどかすんで」
「あぁ、お引越しですか?おめでとうございます」

 スーツをキッチリと着こなした胡散臭い笑みを浮かべる男がそう言ってこちらを見る。
 見るに、どうやら脇に資料を抱えるそれから不動産関係の仲介業者のようだ。
 じゃあ後ろに立っている男が部屋を探している客か、と視線を向ける。。
 ボサボサの長い髪には清潔感など一つもなく、よれたシャツにくたびれたジーパンという何ともこのお綺麗なマンションには不釣り合いな男だった。思わず眉をしかめるが気にした素振りはなく、むしろ仲介業者の男が苦笑を漏らしていた。

「…手伝います」

 不意に客の男がそう言って段ボールを抱える。

「や、いっすよ!少ないし」

 慌ててそれを奪い返そうと手を伸ばしたら、ヒラリとかわされた。

「少ないから手伝うんだ。先の見えない多さならそんな気はおこしませんから」

 思わずこめかみがピクリ、と動く。そんな俺を意に介さず男は「部屋、どこですか?」と問いを投げかけてきた。

「左いって、奥の角部屋っす。…扉開いてるんで」

 ぶっきらぼうにそう言えば勝手に荷物を持ったまま部屋へと向かう男に俺も苛々しながら一番軽い荷物を持った。どうせならあいつには重い段ボールを運んでもらおう。

「あ、私も手伝います」
「スンマセン、ありがとうございます」

 俺達のやり取りに少し呆けていた仲介業者は、気付いたように自分も荷物を一つ手に取った。ここで断るのも面倒臭くなった俺は、そのまま彼にも軽く頭を下げてお願いする。
 少ない荷物は結局3往復目で全て運び終わった。実家からは何も持ってきていなかった為、そのほとんどが衣類やアクセサリーばかりだ。家具はこれから揃えるつもりだったし。

「…あざましたー」
「いえいえ、こちらこそ貴方様の門出を微力ながらお手伝い出来て良かったです」

 リビングまで運んでくれた二人に渋々頭を下げながら礼を言うと、仲介業者が愛想笑いを浮かべながら手を胸元で振った。
 男は俺の礼なんか聞いてもいないのか、部屋を見回すだけで返事もしない。

「お客様、他の部屋もこの間取りとなっておりますので宜しければ空き部屋をご案内致しますよ?」

 動く気配のない男に焦れた仲介業者が合いの手を打って出た。
 確かにこの男の様子から、部屋の確認をとっているらしい。仲介業者の言う通り空き部屋を見てこい、と自分よりも高い位置にある頭を睨みつけてみると不意に男と初めて目がかち合った。

「…ここがいい」
「は?」

 思わず素っ頓狂な声が上がってしまう。

「あの…失礼ですがお客様、部屋は他にも空いておりますので…」
「だから、ここがいいって言ってるんだ」
「アンタ頭わいてんじゃねーの…っ!?」

 思わず怒気を孕んだ声で叫びながら、主張すべく床を指さす男から一歩下がった。

「ここは俺がもう取った部屋なの!マジで頭大丈夫?こーゆーのは早いモン勝ちなん…っ」
「君、職業は?」

 まくし立てるように怒りをぶつけていると、男が話を遮るように質問を投げかけてきた。全く動じない彼に片眉を上げつつ唇の端を上げる。

「は?なんでアンタにいちいち教えなきゃ…」
「ホストだろう?」

 また遮られた挙げ句言い当てられて、開いた口はそのまま固まる。
 確かに平日のこの時間の引っ越し作業に加えて俺の派手な見た目と髪型なら、職業は精々ホストかいいとこショップ店員だ。

「…だったら何?」
「見た目的にも若いし、その時計のミスマッチ感から推測するに稼ぎは最近になってからようやく右肩上がりって所か?…なぁ、ここ家賃いくらだ?」
「えっ?あっ、えー…共益費込みで22万8千円、ですね」

 突然話を振られて慌てながらも仲介業者が怖ず怖ずと答える。
 仲介業者の方を向いていた男の顔はまた俺を見下ろすと、無表情のまま問いを投げかけてきた。

「払えるのか?」
「はっ?」
「本当はちょっと厳しいだろう?」
「…っ」

 図星の言葉に思わず喉に息が詰まる。
 これから頑張ってく為の高いハードルなんだよ、と負けじと言おうとしたが、俺は男の付けている時計を見て目を見開き止まった。
 これ、いつだか代表が付けてた何百円とかするやつじゃん…。
 実はこんな成りしてるけど凄い金持ちなんじゃねーの、と俺は開いた口が塞がらないまま男を凝視した。

「ここは2LDKか?」
「あ…っ…あぁ…そだけど」
「僕、左貰うから君は右な。家賃公共料金は全て僕持ち。君の携帯代から衣類にかかるお金、ヘアセット、後は…何がいるのかな?…まぁ、とにかく君の遊び以外でかかるお金は全部僕が払うから」

 あまり話さなかった男が突然ここに来てやたら流暢に提案を持ちかけてきた。
 まさか、この男は俺にシェアリングを求めているのだろうか。

「…っな、何言ってんだよ…。あんたみたいな得体の知れない人と一緒に住むとかどうかしてるとしか…」
「あぁ、名乗ってなかったか?はい、名刺」

 三度目の遮る声に対しては最早怒る気力も出なかった。
 ジーンズのポケットから取り出し渡された名刺を片手で受け取り職業を確認する。

「脚本家…?」
「ドラマの『鶏の泣き方』は知ってるだろう?」
「そりゃ、有名なんだから…」
「あの脚本を書いたのは僕だ」

 自分が最近まで夢中になって見ていた番組名が出てきて少し上擦った声は、男の返事に思わず感嘆の吐息に変わった。

「もう『得体の知らない人』じゃ、ないよな?」
「…っ、そ、そんな条件でアンタに何の得があるんだよ」

 初めて口角を上げた男にドキリ、としながらも言いくるめられそうになっている自身に内心で舌打ちしながらそれでも、と何とか答えた言葉は弱々しい。

「君は家事、出来るのか?」
「…それなりには。つか、そんくらいなら知り合いとでも…」
「僕が一番仕事に集中する平日の夜間に部屋にいないタイプがいいんだよ」

 四度目の遮りに最早馬鹿な俺が返す言葉は見つからなかった。
 何より実は金銭面での援助で既に、かなり、ぐらりと、来ている。

「他に言いたいことは?なければいいよね、君にとってはメリットの方が大きいんだから」
「っ」

 動揺を隠すように胸元のシャツを握りしめた。その時視界に入る真新しい時計までもが誘惑しているように感じられて、俺は目を閉じる。

「ねぇ、そういうことだから今日の所はもういいです」
「はへっ?え、え…」
「後はこの子と話すから帰ってくれ」

 放置されていた仲介業者の戸惑う声に俺は、とんだ一日になったと溜め息をついた。

 蝉の劈くような音が鼓膜を刺激する。
 蒸し暑い気温。止まらない汗。とりあえず、クーラーを付けたい。

 あと結局話がまとまらないまま仕事の時間になり慌てて部屋を飛び出した俺が帰ってきた頃には家具から内装まで全て用意されていた時の心情を誰か代わりに説明して欲しい。



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(C)siwasu 2012.03.21


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