アリシアの行方04 アリシアの身体は人に見つからないようひっそりと公園に埋めた。本当はゴミ捨て場に捨てようと考えた自分がいたが、それだけは人としての理性で必死に止めた。 自分の中に存在していたこんなにも醜い部分に驚きはしたが、消すことはもう出来なかった。 俺はそのまま、先生の家へ小走りで向かう。自分が今どんな表情をしているのかは、考えもしなかった。 「せっ、んせい…!」 鍵のかかっていない玄関の扉を開く。閑散とした空気に寒気が走るも、興奮の方が大きかった俺は先生の部屋に向かった。 「先生っ!」 部屋を無遠慮に開けると、そこには消沈した先生が床に蹲っていた。俺は焦って近付くとその身体を起こし視線を合わせる。 けれど虚ろな目は、俺の姿を一切映していなかった。 「アリシア…が、帰って来ないんだ」 音が、小さく響く。 掠れたように呟く声は、もう長い間言葉を発していないような、そんな脆弱さがあった。 「一ヶ月前に、ふらりと外に出て…探したけれど、見つからないんだ。どこにも、いないんだ。こんな…こんなに長い間いなくなるのは、初めてで…」 先生は言いながら俺の肩を掴んだ。 「君、アリシアの行方を知らないか?…アリシアは、どこに行ったんだ?」 「先生…」 俺は悲痛に顔を歪める先生に、喉をこくりと鳴らした。良く見れば、あれから何も食事を取っていないのかガリガリに痩せた身体からは骨が浮き出て見えている。 そんな哀れな先生を、俺は優しく抱いた。 「先生、好きです」 俺はアリシアとうわ言のように呟く先生の耳元に、そっと囁きかける。 冷静な判断など、なかった。 悪魔のような自分はただ弱った先生を自分の元に引き止めようと必死だった。 「先生、好きなんです。ずっとずっと、好きだったんです」 俺の言葉にピクリと反応した先生は、ようやくのろのろとした動きで俺を瞳の中に映す。 先生の中に映っている俺は、優しい笑みを浮かべていた。 「先生、俺は、先生のことが…」 繰り返し摺り込むように何度も言い続けようとしたが、途中で目を見開いた先生の口が動いたような気がして、俺はその音を聞き漏らさないようにと耳を近付ける。掠れた声からは馴染みのある音が聞こえた。 「………、シア」 「え」 「…ア、リ…シ…ア」 驚いて、俺は思わず身体を反らした。それを逃がさないとばかりに先生はがっしりと掴む。 「アリシア、あぁ、アリシア。どこに行ってたんだい?どれだけ探したと思ってるんだ。私を置いていくなんて、もう二度としないでおくれ」 それに俺は焦って身を捩った。見れば先生の瞳は確かに俺を映している。映している、筈なのに。 「ちょっ、せ、先生…」 「先生、なんて他人行儀な呼び方をしないでおくれ。暦と、いつもように呼んでおくれ」 骨と皮だらけの身体のどこにそんな力があるというのだろう。痛いほどに強く捕まれた肩は爪が皮膚を貫いている感覚がする。 動揺しながらも俺は違うと、アリシアではないと先生に強く訴えた。 「先生、違います、俺はアリシアじゃなくて栞です、栞なんです」 「アリシア、好きだよ、アリシア」 「先生、だから…っ」 「アリシア、アリシア…」 先生には俺の言葉が耳に入らないらしい。アリシアとただそれだけを繰り返して胸に縋り付く姿に、俺はどうしようもなく焦る気持ちを持て余していた。 俺は、先生からアリシアの次には好意を持ってもらえている存在だと、自負している。 アリシアはもういない。 だから、先生は次に俺を愛してくれると、俺を見てくれると思っていた。 そう信じていた、つもりだった。 「アリシア…愛しているよ、アリシア」 胸元に掴まって俺に身体を預ける先生をそっと抱き寄せる。 これは罰だ。俺への罰だ。アリシアを憎しみ、アリシアを見殺しにした罰だと、俺は脳内で最期まで俺を映していた瞳を思い出した。 彼女は最期まで何を考えていたのか分からなかった。 どうして俺が先生への想いを気付いた時に、先生を独占したのか。どうして俺が先生への想いを耐え切れなくなってきた頃に、いなくなるのか。 こんな、醜い感情を曝け出しまでしたのにそれすらもなかったことにされるのなら、初めから気付きたくなかった。 「先生…」 呟くも、先生には届かない。 それでも俺は何度も呼んだ。先生、と繰り返し何度も何度も呼んだ。先生も、繰り返し何度も何度もアリシアと呼んで泣いた。俺も泣いた。 それで何かが変わることなどないと分かっていても、涙を流さずにいられなかった。 お互いの声も枯れ、尽きた頃に俺は先生に触れるだけの口付けを落とす。 そして掠れる声で「にゃぁ」と、鳴いた。 アリシアのあの瞳は、俺の中でいつまでも消えることはないだろう。 end. >> index (C)siwasu 2012.03.21 |