Act.04



 体を揺さぶられてる間考えてた。
 俺、広貴(こうき)のこと愛してんだ。





■ こんな愛なら持ってって 
(side 和真)





 起きた時にはもう広貴はいなかった。途中から気を失ったみたいだけど、ずっと行為は続けられてたらしい。床に半裸で横になってた体はキシキシ痛んで動けなかった。
 シャツは飛び散った自分の精液がこびり付いてかさついてて、下半身は広貴の精液と血液が固まって太ももにへばりついている。試しに剥がしてみたら皮膚とくっついてたせいで凄く痛くて赤く腫れてしまった。

「最悪だ…」

 呟いて、汗で気持ち悪くなった髪をかき上げる。でも何よりも最悪なのは…

「いや、あ…あぁ、いや、…本当、…なんでだろな」

 この気持ちが分かった自分。しかもよりにもよって犯されている真っ最中に。
 何がきっかけなんて分からないけど、ただ玄関先で性欲に我慢がきかず広貴を押し倒して自慰行為にふけった後、広貴の驚きが隠せない顔を見た時に理由もなく気付いてしまった。
 そうなれば後の祭り。どれだけ後悔したくて後悔したくて後悔したくてもこの気持ちは消えることなく溢れるばかり。体の熱と心の熱が高まり合いぶつかり合って結局逃げ出して結果、こうなった。自業自得って言えば周りは偽善者だと笑うだろうか。
 とにかくこの体を綺麗にしようと起き上がろうと思うが、

「ん…っ?」

 体はちっとも動かなかった。

「ヤベぇ…」

 本当の本当に体が動かない。これは正直マズい。

「…とか思ってたらお腹痛くなってきたし…」

 さっきまで気にしてなかったのにそこは不思議な性というもの。
 俺は痛みが段々増してきて体を包むようにうずくまった。助けを呼びたくてもこの状況で呼べる筈がない。

「あぁ…このまま死ぬのか…」

 なんて虚しい最期。好きだと気付いた相手にめちゃくちゃに犯されてそのまま死ぬ程情けないことはない。せめてもの恨みに床に広貴の名前でも彫ってやろうか。あいつが帰り際俺の手を縛っていたビニール紐を切る為に使ったらしいカッターナイフが近くにあったので、手に取って半ば本気で彫ろうとしたその時。
 床にカッターを刺し、それを握っている手の視線の先に足が見えた。
 目を上に向けると

「か、和真(かずま)…?」

 大雅(たいが)がいた。

「あ、な、な」

 大雅は混乱したように驚いてるが、驚きたいのはこっちだ。

「おま、何勝手に入ってきてんだよ!」
「…ドアが、開いていたから。開ければ玄関は凄いことになってるし、どうにも気になって…それよりも、どうしたんだこれ?」

 広貴はちゃんと戸締まりをして行ってくれなかったらしい。ここで取り乱しても仕方ないので、溜め息を吐いて冷静になる。だが俺とは裏腹に大雅は混乱が戻らず救急車を呼ぼうとしたのでそれは焦って止めておいた。

「いや、それは大丈夫だから風呂に連れてってくれ」
「あ、あぁ」

 こんな情けない姿だが、見られてしまっては仕方がない。諦めて利用させてもらうことにして、手を伸ばして頼めば大雅は焦りながらも俺を立ち上がらせようと引っ張った。

「いだっ!痛ぇバカ!下見ろ!立てねーんだよ!」
「あっあぁ、すま、ない」
「悪ぃけど肩貸して」

 真剣に痛かったのでマジ切れしたら、戸惑いを隠せない大雅がすぐに俺を正面から抱えてくれた。いや、肩貸してくれって言った筈。仕方ないので掴まりにくい体を頑張ってしがみつきながら、風呂場に向かう。

「本当に大丈夫なのか?」
「あー…あぁ、今日はちょっとキツいけど」

 苦笑して答えながら、風呂場の椅子に下ろしてくれた大雅に礼を言い手を振ると動こうとしない大雅。

「大雅?」
「…誰なんだ?」

 まぁ聞くのが普通だよな、と思いながら「気にすんな」とはぐらかしシャワーのコックをひねる。すると大雅は急にシャツと靴下を脱ぎズボンをたくし上げると、シャワーを取り上げ俺の頭にかけてきた。

「お、おい、何だよ!」
「洗ってやる」
「はぁ!?」
「これ、もう捨てていいな」

 大雅は俺が上手く動けないのをいいことに、へばりついたシャツを破きはがしていく。止めようかと思ったが、こいつがあまりにも労るように汚れを拭ってくれるのでどうせならと好意に甘えることにした。
 優しく洗ってくれる手はとても温かい。

「痛くないか?」
「痛ぇ」

 嘘をついても仕方ないので正直に答えると、一層優しくなる手。
 俺は黙って洗われながら座り込んでボーっとしてたら、体を洗う大雅の手がある部分に近付いた瞬間躊躇うように止まる。

「…?」
「っ」

 ちょうど前に回り込んでいた大雅は、困った顔をして上目使いに俺を見てきた。
 あぁ、なるほど。

「いいよ。やってくれ」

 本当なら自分でするとこなんだろうが、正直疲れた。面倒ってこともあったので大雅には悪いが任せることにする。

「痛かったら言ってくれ」
「ん…」

 大雅はそう言うとゆっくり俺のモノをスポンジで包みながら優しく洗ってくれた。性的な意味を持たない気持ちいい感覚に、俺も大きく息を吐きながら身をゆだねる。

「なぁ、和真」
「んー?」
「広貴、だな?」

 不意に、不意に止まる手。しまったと思うには遅く、俺の顔はその質問に肯定してるようなものだった。大雅は俺のモノを脅迫の道具にするかのように握り込む。

「今日二人の様子が変だったから、な」
「…誰にも言うなよ」
「あぁ」

 肯定の代わりに言えば、少し目を伏せられる。謝罪の言葉が喉まで出たけど声になることはなかった。

「付き合っているのか?」

 当然と言えば当然の質問。俺はその問いにただ悲しく自嘲するしかなかった。

「だったら楽なのにな」
「…は?」

 大雅は俺の答えに顔を上げると何か言いたげな表情を作る。
 そして俺のモノから手を離すと、急に俺を椅子から降ろし横にさせた。

「あ、おい、大雅!」
「こっちもしてやる」

 そう言うと俺の右足を掴み大きく広げる。
 その意図を察した俺は慌てて抵抗するも、体の痛みのせいで思うように四肢が動かなかった。その間に大雅の指は俺の後孔に入り込んでくる。

「い…っ!!」
「我慢してくれ」

 さっきまでの優しさはどこにいったのか、乱暴な扱いに眉をしかめる。どこよりも何よりも酷い所なのに。
 叫びたいほど痛いのを我慢して歯を食いしばった。目尻から涙がこぼれそうになるが、必死で目を閉じて抑える。
 暫くして中からドロリとした気持ち悪い感触が内股を伝った。それを大雅はシャワーで洗い流していく。それが無性にやるせなくて俺は大雅の腕を掴んで爪を立てたが、その指が止まることはなかった。
 ようやく指が抜かれ、次は後孔の周りを指の腹で押しながら優しく洗ってくれた。洗剤ではなく石鹸の泡が痛みを和らげていく。

「ふ…っく、っ」
「終わったぞ」

 そう言われ足を掴んでいた腕が離れた。あまりの痛みに息も出来なかった俺は、咳き込むように空気を吸い込んで呼吸を整える。

「はっ、は、」

 それを心配そうに黙って見つめてた大雅だったが、俺が落ち着いてきて床に寝そべったまま放心してたら口付けをされた。
 いくら普段から鈍感と言われている俺でもここまでされて分からないほど馬鹿じゃない。最悪の形だ、と思いながら大雅の口付けを拒む気力もなかった。抵抗しないのをいいことにキスはますます深くなり、ただ俺は大雅の頭の向こうにある風呂場の天井を見ていた。

「和真…」
「んだよ」
「…好きだ」
「あっそ…」

 唇が離れ顔を上げた大雅の真剣な告白に俺は適当な返事をする。すると、すぐに床を殴る拳が頬を掠めた。

「真剣に聞いてくれ。俺は和真が好きだ。広貴と何があったのか知らないが、俺なら絶対こんな酷いこと…っ」
「…いいんだよ」

 呟くと、大雅は苦しそうに俯かせていた顔を上げた。

「俺は広貴が好きで、広貴は俺のことなんとも思ってなくて、俺は酷いことされんのが好きなマゾ野郎で、広貴は酷いことすんのが好きなサド野郎なんだよ。…って言えば納得してくれんのか?」
「和真…」
「何だよ、本当。広貴が俺のことモノとしか見てねーことぐらい知ってるっつの。あんな奴好きになってどうすんだよ。報われねーし救われねーし叶わねーし」
「……」
「バカか、俺。キモいしエグいし最悪だ」
「……なぁ」
「うっせぇ黙れ。お前もお前だ。不法侵入するわタイミング悪いわ告白してくるわ。もー何なんだよ」
「なぁ、和真」
「だから黙れって言ってんだ…」
「…、泣くな」

 分かってる。分かってるけど理解したくない。けど、大雅に言われて気付いた涙はとても温かくて優しかった。気付けばもう遅くて、止めどなく溢れる涙は滝のように俺の頬を伝っていった。それを大雅に見られたくなくて俺は腕で顔を覆い泣き顔を隠す。

「なぁ、和真」
「…っあー?」

 泣き声のように震える声は子供みたいだった。けれど大雅は何も言わずただ俺を見ながら優しい目を向けるだけ。

「和真は」
「…ん」
「広貴のこと、好きなのか?」
「そんな可愛いもんじゃ、ねーよ」
「…じゃあ」

「愛しているのか?」

 優しい目に、声に、感覚に、俺は心の壁を壊されたみたいだ。

「…んっ」

 泣きながらただ頷くと、大雅は優しく頭を撫でてくれて「そうか」って呟いた。
 俺は嗚咽としゃっくりを止めるのに必死になってるのに大雅がそれを膨張させる。なんて酷い男だって思いながら、喉まで謝罪の言葉が出てきて、

「わりぃ…ッ」

 声に出せば、大雅は俺を起こすときつく抱きしめてくれた。俺はそれに甘えて彼の腕の中で泣きじゃくった。
 ずっと心の奥底で溜まっていた、広貴への「本当の想い」をぶつけるように。

 なぁ、広貴。俺はお前より先に気付いたぞ。
 だからお前も早く言えよ、あの言葉を。



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(C)siwasu 2012.03.21


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