αの遠吠え(狼+犬)



「直。ほら、剣道部の予算希望書」
「あ!ありがとうございます会長。なかなか出してくれないから困ってたんです」
「同じクラスだったからな。催促したら快く出してくれたよ」
「どういう『催促』をしたのかとても気になる所ですが…」

 半眼で見つめると苦笑しながら誤魔化す様に俺の髪を掻き混ぜた。
 俺は西條会長を尊敬している。…たまに呆れることもあるけれど。
 艶やかな黒髪に同色の涼しげな目。笑うと爽やかそうにも見えるが、真面目な表情は誰よりも凛々しい。高等部1年の秋に転入して来て以来生徒の心を掴み最短の速度で生徒会長へと上り詰めた実力は、俺の目から見ても確かなものだった。
 しかも、この学園の特色に誰よりも染まらず誰よりも似合っているのも、この西條会長が生徒に崇拝されている理由の一つだ。
 転入する前から女性男性共に恋愛対象となり得る会長の性癖は、一時の迷いや流されているだけの学園の生徒とは違い紳士的でかつ刹那的だった。恋愛とセックスを割り切った姿は、この学園では見ない大人らしさと色気を備えている。そのせいか他の生徒達とは違った意味で、この人には近寄りがたい雰囲気を持っていた。
 自分達の知らない世界を見ている男。
 それが、学園の生徒から見た西條会長だ。
 でもそんな飄々とした会長もたまにどこか達観したような、諦めたような表情を見せることを一番近くで見てきた俺は知っている。
 リーダーシップがあり、優しく情に深いがどこか寂しげな孤独さを隠せない。
 たまに、そんな会長に似た動物を脳裏に過ぎらせるがまだ明確な姿は現れない。

「会長、日曜日あいてますか?」
「ん?」
「この間言ってた東急何とかって雑貨屋教えて欲しいんですけど…」
「あぁ、東急ハンズのことか?」
「あ、それです!」

 幼い頃から学園をあまり出ない俺達より世間に詳しい会長は、よく面白い話や楽しい店の話をしてくれる。
 外出は多少面倒な手続きはあれど出来ない訳ではない。ただ、出る必要がないと思っていたから今まで興味を示さなかっただけで。今は会長のおかげで外出も増えている。それは、他の生徒も同様だった。…それに保護者が渋い顔を見せるかはさておき。
 喜ぶ俺に苦笑しながら、そこで会長は思い出したかのように宙を見て、携帯を弄ると困った顔を浮かべた。

「っあー…理香がいるけどいいか?」
「…理香ちゃんだけですか?」
「安心しろ、歩美は今試験中だ」

 会長の、数多い学園外での友人の一人の名前を出されて少し眉尻が下がる。全寮制男子校のせいか女性に慣れていない俺は、会長と共に行動するようになって多少克服されたとは言えそれでも特に強引な女性には苦手意識を持っていた。
 が、今回は一番苦手とする女性がいないので大丈夫だろう。俺は了承の意を沿えて頷いた。
 同時に、扉をノックしながら開ける音が聞こえる。この意味のないノックをする奴に俺は心当たりがあった。眉間に皺が寄る。

「直さんいますかー?」
「げ」

 見れば予想通り風紀副委員長の飛鳥だった。
 先日手違いで身体を許してしまってからこうして堂々とちょっかいをかけてくることが増えている。書類です、とまるで業務に来ましたと言わんばかりの体裁に俺は助けを請うように会長を見た。苦笑しているが助ける気はないらしい。分かっていたけども。

「直さんお仕事終わりました?」
「今ようやく予算揃った所だからまだ。邪魔だから帰れよ」
「えー!俺これ渡したら今日はもう帰っていいって委員長に言われたんですけど」

 ふと、飛鳥の言葉に空気が冷えた気がして出所を探れば、会長が飛鳥を冷めた視線で見下ろしていた。しまった、この人の前であの人を思い出させるような単語は禁句だ。
 俺はまだ何か喋りたげな飛鳥の口を閉じるとルームキーを渡した。どうせこういうことだろうと睨みつければ、満面の笑みを浮かべてそれを受け取る飛鳥。
 毎日のように部屋に押しかけては俺に甘えたがる飛鳥は一学年下の後輩とあって実際可愛い所もあるのだが、油断すると俺の下半身に危機をもたらすこともあるので出来ればそれはご遠慮したかった。
 特に、会長から沢山のことを学んだ俺は飛鳥の性的欲求と感情が学園内の戯れであることを理解している。それに少し胸が苦しくなるのは気の迷いかもしれないしけど恋かもしれないから後悔のないように決めればいい、と笑って頭を撫でてくれたのも会長だったか。

「あ、会長。そういえば委員長が業務終わったら風紀に来いって言ってましたよ。また何かしたんスか?」

 おい、飛鳥。
 何のために鍵を渡したと思ってんだ、と睨むも本人は俺の視線を無視して揶揄うような口振りで目を細める会長を見上げる。

「さぁ、………何したんだろうな?」

 会長は笑いながら(しかし目はちっとも笑っていない)飛鳥を一瞥して、俺の予算案を奪い取った。

「直、後はやっとくからそれさっさと連れて帰れ」
「えっ、でも…」
「あー!そうやって風紀行く時間延ばす気でしょ、会長」

 知らないよ、と頬を膨らませる飛鳥の頭に俺は拳骨を落として黙らせた。

「も、お前いちいち余計なこと言うんじゃ…」
「西條ー!!」

 ねーよ、と続けようとした言葉は怒鳴り散らす声に阻まれた。
 いつの間にか部屋に入り会長に詰め寄っていた神埼委員長がそのまま躊躇いもなく会長の顔を拳で殴る。
 勿論いきなりのこと過ぎて俺達はその場で目を丸くさせたまま動けなかった。唯一殴られた会長がノーモーションで反撃に出るべく拳を腹に突き入れたが、どうやら防がれたらしい。そのまま掴まれた拳を離してもらえず二人は距離が取れないまま睨み合う。

「っお前、何すん…!」
「てめぇ…何でもかんでも咥えりゃいいってもんじゃねーぞ」
「あ?」

 もう一方の手で取り出した写真を見て会長が口角をひくりと引き釣らせる。
 それを飛鳥が奪ったので覗き見ると、成る程。剣道部への催促はこれか、と納得した。

「予算の催促しただけだろーが」
「てめぇの催促は男のもん咥えてすることなのか?あ?」

 正直会長のタチネコ問わず下半身のだらしなさには俺も目に余るものがあると思っているので心の中では委員長の意見に賛成だ。
 生徒会長という立場と親衛隊の護衛と自身の護身術で今の所大きな問題は起きてないとは言え、いつか何かがあってからでは遅いと俺は思っている。
 そして会長自身もそれを理解しているはずだ。それでも最早癖とも言える悪癖が治らないのは、もしかして寂しさ故なんじゃないだろうかと脳裏を掠めてすぐに消す。
 目の前で暴力を含めながら叫ぶような言い争いを始める二人をどう止めようかと悩んでいると、不意に飛鳥が後ろから俺の肩に顎を乗せてきた。

「…会長って何かパートナーがいないアルファウルフみたい」
「アルファウルフ?」
「群れのトップの狼のことですよ」

 そこで俺は脳裏にいた姿がようやく形を成した。あぁ、確かに会長は狼に似ている。
 目の前で普段の温厚な姿からは想像も出来ない凶暴さで委員長に吼える様子を見て、俺は少し会長が楽しそうに見えた気がして頭を振った。
 目の前を備品が飛ぶ。
 椅子が宙を飛ぶ前には止めた方がいいな、と飛鳥の肩を叩くと苦虫を噛み潰したような表情を見せた。俺だってこれを止めるのは嫌だ。
 そしてせめて他の役員が早く戻ってきてくれれば、と後ろを見て扉の影から顔を覗かせている他の役員達と目が合ったなんて誰が想像出来るだろうか。役立たず達め。
 会長が稀に見せる寂しい目を埋める人がこの人だったら会長も苦労しそうだな、と明日頬が腫れた会長を見て騒ぐ生徒達を想像して、笑った。



end.

◆西條 生徒会会長。3年
◆直  生徒会会計。2年
◆飛鳥 風紀副委員長。1年
◆神崎 風紀委員長。3年



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(C)siwasu 2012.03.21


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