地獄で虎に会う(虎狼)



「よう、下半身バカ」
「よう、脳みそ筋肉」

 顔を合わせて恒例の挨拶をする。相手は返した言葉に鋭い目を向けながらも鼻で笑った。
 俺は風紀委員長の神崎(かんざき)という男が嫌いだ。大嫌いだ。
 風紀の癖に鮮やかに染められた金と黒の髪に着崩した制服。鋭い眼光はいつもギラギラと獲物を狙うように輝いていて。
 不良という言葉が一番相応しいであろう見た目は間違いなく内面をも表している。
 その癖風紀の仕事は手落ちなくこなすのだからそれがまた癪に触った。一層見た目のまま仕事も放棄してしまえばいいのに。そうすればすぐに罷免してやる。
 ニヤニヤと笑いながら俺の前から動こうとしない姿に苛立ちながら、ふとそういえばこいつに似た動物がいなかったかと脳裏をある姿が過ぎった。

「最近てめぇん所の犬っころ、どうよ」
「は?」
「いつも尻尾振っててめぇの後ついてるだろ」

 言われて直のことか、と思い当たる。確かにあいつは犬のように従順で賢い。俺も彼には仕事面でも助けられている事が多々あった。
 そんなあいつに最近悩みがあると知ったのはつい昨日のことでもある。

「…そういや神崎、お前ん所の泥棒猫が直にちょっかいかけてるらしいじゃねーか」
「あ?いいじゃねーか、飛鳥もそのお陰で大人しく仕事してんだから」

 言われて、へらへらしている割には暴走癖の激しい問題児が頭を過ぎった。そういえば度々事件を起こしては騒がせていた筈なのに最近話をとんと聞いていないことに気付く。

「飛鳥がよ、最近犬飼いてーって煩ぇんだ。…なぁ?だからてめぇんとこの犬くれや」
「は?」

 気付けば、神崎との距離が近くなっていた。下がろうと足を後ろに伸ばすが、神崎が先手を打っていたかのように伸ばされていた足に縺れて思わず重心がよろめく。
 それを腕を掴み引き寄せ壁に押し付ける手際の良さに、俺は唇の隙間から舌打ちが零れた。

「別にいいだろ、一匹や二匹」
「馬鹿言ってんじゃねーよ」

 近付く顔に嫌悪の表情を浮かべながら俺は神崎を睨みつけた。
 しかしこの肉食動物には逆効果だったらしい。嬉しそうに目を細めると、足の間に自分のものを差し込み意図した動きを見せる。

「俺はてめぇでもいいんだけどなぁ、大将?」
「ふざけんな、誰が…っ」

 付き合いきれず噛み付こうとした口は大きな掌によって阻まれた。驚きで目を丸くさせる俺に、相手はゆっくりと胸ポケットから出した一枚の写真を見せる。

「校舎内でヤるんじゃねぇって、前も言った…よなぁ?」

 そこに写っていたのは学ランとシャツだけを着たまま、男に抱え上げられている俺の姿だった。過去にこういったものが写真部で盗撮されている事は知っていたし特に気には留めていなかったが、今回のは少々分が悪い。

「西條(さいじょう)、てめぇ下もイケんだなぁ…?」
「っ、」

 その言葉に思わず息を呑んだ。
 確かに気分によって下になることもあるが、基本的に抱かれたい願望が強い訳ではない。
 足の間にあるものが故意に俺の股間を押し付ける。一番知られたくなかった相手に露見した悔しさに、俺は未だ口を塞ぐ掌を引きはがした。

「あ?だったら何だよ?お前には関係ない…っ」

 続けようとした言葉は、突然訪れた痛みに中断された。上げそうになる声を喉でせき止めながら俺は首から離れる獣を容赦なく睨みつける。その口に見えた赤い色に目眩を起こしかけたが、ぐっと堪えた。

「てめぇは俺が食うんだよ。今後他の奴に食われてみろ、その首今度は引きちぎってやる」

 言いながら赤く染まった唇を俺に押し付ける神崎に、俺は寒気を起こしながら脳裏に虎の姿を思い浮かべた。
 そうだ、こいつは虎に似ている。その獰猛な眼は虎のように鋭く激しくて、つい強く惹かれてしまう魅力があった。
 だから、俺はこいつが嫌いなんだ。

「…勝手に言ってろ」

 つい悔し紛れに言った言葉に神崎は笑みを浮かべながら満足そうに去って行く。
 俺はその後ろ姿を睨みつけながら、噛まれた首を押さえて血を拭った。鋭い牙でえぐられた皮膚は小さく窪んでいる。
 二度とあいつに、食わせてたまるか。
 絶対に傷痕が残るであろうそれはまるでマーキングのようにも感じて、俺は舌打ちをした。



end.

◆西條
 生徒会長。リバ。下半身がだらし無い。
◆神崎
 風紀委員長。肉食獣。西條が好き。



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(C)siwasu 2012.03.21


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