02


 佐藤が園芸部の部長も兼任していることは有名だ。
 口を開けば花、花、花、あとたまにその日飛んでいた蝶の話。
 生徒たちに「人間に興味が無い」とまで言わせる園芸オタクで知られているこいつは、それでも元々は合気道で名を馳せていた男だった。今は怪我で引退したらしいが、それでも一般人なら軽くいなせる程度には武芸に秀でている。
 それを知った前風紀委員長の勧誘の元、特別に部活動と兼任で副委員長になり、前委員長の卒業後はそのまま繰り上がって委員長の座に座っていた。
 少し天然の入った不思議っ子委員長に、風紀委員会も手を焼いているとは聞いていたが、成る程。お前の中で風紀の仕事よりも、園芸部のほうが大事ってわけだ。よく分かった。

「だからってこっちを疎かにすんじゃねーよ」
「すまん」

 反省しているのかしていないのか分からない、表情の読めない佐藤に胸中で戸惑いながら、他に用はないだろうと俺は鞄を持ち直すと、佐藤の横を通り過ぎた。

「あ、蓮見」

 が、振り返った佐藤に腕を取られて、俺はまた足をもつれさせると、今度は大きな胸板に飛び込んでしまう。
 心臓が飛び跳ねるかと思った。そのまま口から出るんじゃないかってぐらい、緊張で固まってしまう。そんな俺の胸中なんか知らない佐藤は、そのまま後頭部に鼻を寄せてすん、と匂いをかぎ始めた。

「な、なん……」

 動機が激しくなる心臓に、頼むから静まれと言い聞かせながら、後頭部から耳、首筋へと移動して匂いをかぎ続ける佐藤に舌打ちを一つこぼす。

「てめ、いい加減にしろよ変態――っ」
「花の匂いがする」

 これ以上は心臓がもたない。体を捻らせて離れようとする俺の両肩に、佐藤が手をおいて耳元で小さく呟く。

「は?」
「ネモフィラ……蓮見、俺の庭園に入った?」
「は、ぁっ? 誰があんな女々しいところ行くかよ」

 そう返せば、佐藤は目線を遠くに移すと、少し寂しげに頷いて手を離した。
 開放されてホッとしたが、窓の外を見つめたままぼうっとする佐藤に思わず眉が寄る。

「も、もう用がないなら行くぞ」

 確認のために声をかければ、ゆっくりと頷いた佐藤が踵を返して俺と反対方向に廊下を進んでいった。おそらく風紀委員室に戻るのだろう。そうじゃないと書類の提出が更に遅れることになる。
 同じ方向に園芸部の庭園があるので、若干の不安も抱きながら、俺はもう一度生徒会室に顔だけ覗かせると「おつかれ」と声をかけて図書室に向かった。
 うるさかった心臓は聞かれてなかっただろうか。頭とか耳とか嗅がれたけど臭くなかっただろうか。花の匂いがすると言ってたので大丈夫だと思いたいが。

「くそっ」

 乱された心が落ち着きなく佐藤のことを考えていて、俺は頭を振って燻ぶる乙女思考を隅へ追いやった。

 俺は佐藤のことが好きだ。
 風紀委員会に入る前から、園芸部で一人水やりをしている頃から大好きだ。

 見た目の割にあんな性格をしているので、好意を寄せる生徒たちを相手にしないのは嬉しいが、つまりそれは自分も同じってことだ。
 口を開けば花の話。明日の天気の話。飛んでいた蝶の話。
 どれも全て、昔はあいつの横で聞いていた。
 大して興味もない話を、馬鹿みたいに頷いて聞いていた。

 生徒会長になって距離ができたが、その後あいつも風紀委員長になって少しは接点が増えると思ったのに、実際はお互い忙しさも増したせいかほとんど会話もなく、気付けばどう接していいか分からなくなっていた。
 今更、昔のように戻りたくても、完全に拗らせてしまった今の俺じゃ悪態しか付けないだろうし、本当は昔に戻りたいんじゃなくて、昔よりも深く繋がった関係になりたいと望んでいる。
 でも、あいつは今も昔も変わらない、ただ花を愛する園芸オタク。
 だから俺もあの時の告白を流されて、中途半端な失恋をしているのだ。

 触れられて、馬鹿みたいに動揺している自分が憎い。
 早くこの気持ちを忘れてしまいたいと願いながら、俺は図書室への歩みを早めた。


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(C)siwasu 2012.03.21


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