〈二〉 「あなたは何を考えているのですか!」 頭に角でも生やしていそうな副会長の小林が、真横でガミガミと説教を垂れ流すのを聞きながら、俺は眉をしかめて逃げるように体を逸らした。 小林は、すらりと伸びた身長に、清潔感のある短髪が少しつり上がった瞳と相性が良く、見た目通り真面目で優秀な男だ。俺も頼りにしているのだが、如何せん口うるさく、神経質なところが楽観的でズボラな俺と相容れないので、こうして小言を聞かされることも珍しくない。 しかし口では人を貶す割に面倒見は良く、俺のミスなんかもしっかりカバーしてくれるところはやはり副会長だな、と絶対の信頼を寄せている。 「仕方ねえだろ。昨日は色々あってあんま眠れなかったんだよ」 「色々とはなんですか、色々とは」 「まあ、……色々だよ」 ゴリラに睡眠時間を奪われたとも言えず言葉を濁すと、案の定小林の怒りはおさまらないようで説教が続けられる。 「でも会長が無断欠席なのは珍しいよね〜。いつも遅刻はしてくるけど休むイメージないもん」 会計の藤島が、叱られている俺を面白そうに観察しながら首を傾げる。そんなお前は無断欠席常習犯なのに、何故今日に限って真面目に出席したんだ。俺の失態が目立ってしまっただろうが。 藤島は、副会長と真逆で、不真面目を絵に描いたような明るい茶髪にだらしない身なりをしているが、人懐っこい猫目は愛嬌があり、生徒からもかなり好かれている。ただし、先にも述べた通り生徒会業務でもその不真面目さを発揮してくるのが問題だ。推薦で役員入りしたものの本人に責任感は薄く、こいつの尻拭いを何度させられたか分からん。 それでも人付き合いの良さと親しみやすさは、主に大きな行事で活躍してくれている。こいつの一声で動く生徒の数は俺以上だろう。 「最初は熱でも出して寝込んでるんじゃないかって、副会長も心配してたんだよ?」 やかましく小言を続ける副会長に嫌気が差してきたところで、書記の相澤がフォローするように間に入る。 唯一の後輩に当たるこいつは、何というか敬語が使えない。今でこそ副会長の小林は許しているが、役員入りした当初は毎日のように注意されていたような気がする。 相澤は、日本男子そのままの中肉中背黒髪黒目で、特に目立った容姿ではないのに逆にこれといって欠点もない整った顔は、どこか見るものを惹きつける。所謂万人受けする見た目だ。 内面は少しふてぶてしいところもあるが、敬語が使えないところを除けば特に癖のある性格でもなく、おそらく一番役員の中で話しかけやすいタイプの人間だろう。 小林の小言が始まるとこうしてよく助け舟を出してくれるので、俺は密かに相澤に感謝していた。 恥ずかしいのか、ぐう……と唸る小林に、俺はこめかみを軽くかきながら笑った。 「本当に悪かったって。目覚ましにも気付けなかったんだよ」 「……次寝過ごしたら許しませんよ」 ようやく副会長様の怒りもおさまってきたのか、ため息を付いて席に戻る姿に、俺は心中で軽く謝罪しながら視線を落とす。 今日の会議は本年度の行事に必要な予算案を話し合うものだったため、かなり大事な会議だったのだ。 事前に「この日だけは病欠冠婚葬祭以外での遅刻欠席がないように」と念を押されていたので(だから会計も珍しく時間通り出席していた)生徒会長である俺が寝過ごして欠席したなんて、風紀委員会に知られてみろ。小林よりもうるさい小言が飛んでくるに違いない。 「生徒会長の蓮見恭平はいるか!」 ……あぁ、小言が飛んで来る。 「いないぞ」 「僕の目の前でふんぞり返っておきながら、よくも堂々と言えるな!」 「お前が見ている俺は幻だ。いい子だから、お家に帰って鰹節食いながら委員長の膝の上でねんねしてろ」 「僕は猫じゃない、〈ねず〉だ!」 副風紀委員長の根子が顔を真っ赤にさせて喚き立てる。 ネコとも読める名前の通り、子猫のような低身長に癖毛のこいつは、俺が気に喰わないのか、ことあるごとに突っかかってくる。風紀委員長盲信型なので、あいつよりも俺が生徒会長に選ばれたことを認められないでいるのだろう。 面倒くさい奴が来たな。これならまだ委員長のほうが疲れるがマシだ。 「堂々と重要な会議を無断欠席しておいて、よくもそんな偉そうな口がきけるな」 「別に偉そうにしているつもりはないが」 「存在が偉そうなんだ!」 なんて言いがかりだ。人に指をさしてはいけないと、お母さんに習わなかったのかお前は。 ここは仲間に助けてもらおう、と俺は周りを見渡した。……が、副委員長に同意しているのか、頷く役員たちに眉をしかめた。 仲間じゃなかったのかお前らは。 「存在が偉そうなのは否定出来ないかな」 「存在というかオーラというか」 「なんか、こう、王様感が滲み出てるんだよねぇ」 書記の相澤、副会長の小林、会計の藤島が続ける言葉は今まで何度も聞いた評価だ。 「こんなに家庭的で優しい俺のことを偉そうだなんて言う奴、この学園に入るまでいなかったぞ」 「逆に今まで言われてこなかったことが不思議ですよ」 呆れたような視線を小林に向けられて、俺はむすりと口を尖らせる。 そう、俺は何故かこの学園に入ってから「王様」だの「俺様」だの、自己評価と違うイメージを持たれていた。 確かに、遅い成長期で平均よりも高くなった身長は威圧感があるかもしれないが、垂れ目で温和な表情は親しみがあると思うし、ちゃんと自炊してるし、家事得意だし。 王様だの俺様だののイメージがどうして自分に付いているのかわからないが、そのおかげか、こうして生徒会長に選ばれているので、ムキになって否定もし難い。 これ以上何か言うのも億劫になって、背凭れに体重を預けながら豪華な装飾が施された天井を見上げていると、聞く気がないと判断されたのか、根子が大きなため息を吐いて「今週中に反省文を提出しなければ分かっているな!」と言い残し去っていった。 まさか、お前はそれを言うためだけに生徒会室に来たのか。何か他に用事があったんじゃないのか。 言伝なら内線で足りるだろうに。そう思っていると、数分後連絡用の電話機から内線の呼び出し音が鳴り響いたので渋々受ければ、根子から『五分以内に、過去文化部の部室割当表を用意してください!』と一方的に怒鳴られて切られた。 完全に八つ当たりじゃないか。 「おそらく、ここに着く頃にはまた小言が始まるでしょうね」 先程まで小言を繰り出していた男がいけしゃあしゃあと言いながら、よく自慢しているブランド紅茶が入ったカップに口をつける。 俺もその言葉には内心同意しながら、相澤に書類を用意しておくよう指示すると、自分の携帯電話のアドレス帳を開いた。 朝目にした見慣れぬ番号とゴリラという三文字は、まだそこに並んでいる。 俺は何気なしに小林へと声をかけた。 「……なあ」 「はい?」 「学園内にゴリラが出たっつったらどうする?」 いや、やっぱり今のなし。 頭のおかしい人を見てしまったような、怪訝な表情をする小林が俺を凝視して固まったので、携帯電話を閉じて逃げるように視線を窓の外に逸らした。 まあ、やっぱり信じるわけないよな。 それでもあいつなら、学園一の変人奇人と称される男なら、もしかして信じてくれるんじゃないか、話を聞いてくれるんじゃないかと考えて――やめた。 あの男の関心は花だけだ。 俺は自嘲気味に唇の端を歪めて、報われない気持ちをそっと胸中で慰めた。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |