02*


   *****


 緊張感に包まれた寝室の静けさには、どこか恥じらいが漂う。

「い、いいか……お前は動くなよ」

 鼓動がこれまでにない速さで振動を打つ。今にも羞恥と緊張で死んでしまいそうだ。
 自分から求めておきながら、既に逃げ出したい気持ちに駆られつつ、俺はベッドで仰向けに寝転がるゴリラを見つめる。

 全裸になる勇気はなかったので、ワイシャツ一枚は羽織らせてもらったが、それ以外何も着ていない――下半身も露出した状態でゴリラに跨る俺は、きっと傍から見たらとても奇妙な状況になっているのだろう。
 いくら想い合っても、ゴリラと人間であることには変わらない。相手がいくら優しくしようと加減したって、興奮して少し力を加えれば、俺なんか容易く握り殺せる。
 だから、相談した結果、俺がリードする形で話が進んだ。

 性行為の経験はないが、知識ぐらいはある。今日ゴリラが来るまでに男同士のやり方も調べておいた。
 それがゴリラ相手で通用するかは分からないが、それでも出来ることなら心だけじゃなく身体も繋がりたい。
 俺は、こいつの全てを受け入れたい。

「さ、触るけど、不快なら教えてくれ」

 そう言えば、少し唇を尖らせたゴリラは小さく頷いた。
 おそらくこいつも、本当なら俺を荒々しく抱きしめて、その感情をぶつけたいに違いない。怯えるように震える手は、拒絶されることを恐れる以外にも、その情欲を耐えているってことぐらい、ギラついた瞳を見れば分かる。
 俺は、唇の端に口付けを落として、顔のパーツを一つ一つ確かめるように触れた。

 少しでも感じてくれたら、と耳を小さく食んで顎を伝い、首筋を甘く噛む。
 そのまま愛撫に夢中になって上半身に唇を落としていると、大きな掌が悪戯に俺の腰を撫で上げてきたので、背筋が粟立って顔を上げた。

「ひっ、ん!」

 思わず変な声が出てしまったことに悔しさを覚えながら、ゴリラを睨みつける。すると気まずそうに手を上げたので、俺はため息を吐きながら愛撫を再開した。
 毛が邪魔で、あまり直接皮膚に触れることが出来ないのは残念だが、それでもいつもより深く繋がっているせいか、伝わってくる体温は熱い。俺はその熱に浮かされながら、導かれるように顔をゴリラの下半身に近付けた。
 体毛に埋もれた陰茎に、覚悟を決めて恐る恐る舌を伸ばす。

 ゴリラの陰茎は、人間とは大きく違う。意外にも、その体型に見合わずサイズが小さいのだ。
 調べている時に偶然知ったのだが、三センチという数字に間違いではないかと何度も見返した。しかし考えてみれば、会う時は常にゴリラは全裸なのに、陰茎が視界に入ってきた記憶はない。

 小さな陰茎は逆に口の中に含むのも難しく、俺は飴を舐める時のように舌を這わせた。毛が口の中に入ってくるが、嫌悪感はそれほどなくて、あっという間に勃起した陰茎に少し嬉しくなる。
 これならそれ程慣らす必要もなく入りそうだと、俺はサイドテーブルの引き出しからローションを取り出した。手に取り恐る恐る臀部に這わせれば、緊張からかひくひくと揺れる。

 温感ローションなので冷たさは感じないが、自らゴリラを迎え入れる準備をするいやらしさに、躊躇いが動きを止めてしまう。
 助けを求めるようにゴリラを見れば、熱情のこもった瞳と視線が合って、頬が熱くなる。
 覚悟を決めて指を一本挿入すれば、中はすんなりと俺を受け入れた。

「ん……」

 入り口を濡らしながら、内壁を解すように慣らしていく。
 熱を孕んだ視線が痛くて瞼を下ろせば、身じろぎしたゴリラがゆっくりと胸元に指を這わせてきた。

「んっ」

 胸の突起を揉みしだくように押し潰されて、腰が揺れる。
 まだ萎えたままの陰茎に手が伸びて、俺は思わず睨み付けた。

「っお、い」

 けれど、返ってきたのは小さくギラついた瞳だった。欲に濡れたその目に、俺まで身体が熱くなる。
 胸への愛撫と手淫は、正常な思考を奪っていく。
 その気持ち良さに、気付けば指の動きは止まっていたが、ゴリラに促されて躊躇いながらもまた中を解し始めた。

「ふ、ぅ……っ」

 与えられる熱に、身体は昂ぶっていく。徐々に硬さを増した自分の陰茎に、これ以上は先に達しかねないと指を引き抜いた。
 まだ勃起したままのゴリラに安心して、小さな陰茎に臀部を当てる。そのまま腰を下ろせば、圧迫感もなくすんなりと根本まで入って少し拍子抜けした。

 これで気持ちいいのだろうかと不安げにゴリラを見れば、嬉しそうに小さな鳴き声をあげたのでほっとする。
 良かった、ちゃんと感じてるみたいだ。
 俺も一つになれたことが嬉しくて、胸が満たされる。

 愛しさに口付けを落として、そのまま試しにゆっくりと腰を前後に動かせば、中にいるゴリラを感じて内股が震えた。
 けれど、すぐに感じた熱と小さく震えるゴリラに、俺は首を傾げる。気まずそうに逸らされた視線に、まさか、と口を開いた。

「……も、もうイったのか?」

 ゴリラの視線は明後日を向いたままだ。
 考えてみれば、ゴリラは人間じゃない。そもそもゴリラにとってセックスは、動物としての生殖行動なのだ。
 行為中は一番無防備でもある。野生の中で生きるゴリラが人間のようなセックスに耽っていれば、あっという間に殺されてしまうだろう。陰茎の短さも、素早く射精を済ませるためだと思えば、合理的だった。

 なのに、ゴリラは申し訳なさそうに俺の顔色を伺ってくる。
 その様子がまるで人間のようで、俺は小さく笑った。

「ち、ちが……なんか、――嬉しくて」

 決して早漏を笑ったわけでは無い、と訂正して、俺はゴリラにキスをする。

「少しでも、繋がれて嬉しかった」

 微笑みながらそう呟き、ゆっくりと陰茎を引き抜く。
 けれど、ゴリラは何を思ったのか、俺の腰を掴んでグッと引き寄せた。自然と突き出した臀部に、今度は太く固いものが押し当てられる。
 俺は慌てて振り返ろうとするが、躊躇なく挿入された圧迫感に、肩が大きく跳ねた。

「っあ!」

 中に入ってきたのは、ゴリラの太い指だ。
 続けてゆっくりと二本目が入ってきて、俺は苦しさに息が詰まる。背中を撫でられて呼吸が整ってきたところで、ゴリラは緩慢な動きで抽送を始めた。

「ん、ん……」

 中を探るように、陰茎に見立てた指が何度も出たり入ったりを繰り返す。俺は、陰茎の時とは比べ物にならない圧迫感と異物感に気持ち悪さを覚えるが、慣れてくると今度は快感を拾い出した身体が、気持ちいいと悲鳴を上げた。

「あ、やっ……そこ、は」

 前立腺を刺激されて、みっともなく腰が揺れる。
 今度は、俺を気持ち良くさせたいのだろう。ゴリラは優しいキスを送りながら、強引に指を動かしていく。
 半勃ちだった陰茎を扱かれながら前立腺を擦られると、頭の奥がチカチカと瞬いて思考が定まらない。

「あ、あぁっ……う、うぅ」

 みっともない自分の声が恥ずかしくて唇を強く噛めば、ゴリラの舌が割って歯列をなぞった。
 舌を絡み取られて、生理的な涙が目尻に浮かぶ。

「んぅ……はっ、あ、アッ!」

 臀部への刺激に自然と持ち上がる下半身は、まるで女のようだ。ゴリラの胸に倒れながらみだらに腰を振る俺を、深い緑色の瞳が見つめてくる。羞恥心に、耳が赤くなった。

「そ、そこは駄目だって…っ」

 陰茎を扱いていた手は、射精を促すように亀頭を弄りだす。
 いつの間にか三本に増えた指が前立腺を刺激して、脊髄を突き抜ける感覚に、俺はゴリラの体毛を強く握りしめた。

「あ、無理ッ、イ、く……ッ!」

 いつも自慰をしている時とは違う射精感に、足が内股で閉じようとする。けれど、中にある指を余計リアルに感じてしまって、俺はそのまま呆気なく精を吐き出した。

「あ、は……ぁ」

 冷静になった頭が、呼吸を整えようと酸素を求める。
 けれど、白濁にまみれた陰茎を掴む手は、動きを止める気配がない。むしろ、余計激しさが増すので、俺は焦って腰を引いた。

「あっ、あ、やっ、イ、イった! イったからぁ! 手ェ、離せ……っ」

 未だ俺の中にいる指も、奥を求めるように深く打ち付けられる。広がった入り口で、ローションが卑猥な水音をあげた。
 続く愛撫に、一度射精した陰茎が勃起したまま苦しそうに震えている。俺は抵抗を見せるが、今まで感じたことのない快感に指が震えて思うように動かなかった。
 腰が熱くて、ひくひくと震える陰茎がゴリラの手の中で僅かな体液を零す。

「やめっ、ん! あっ、あぁっ! ……く、くそ、頼むっ、なんか、ヘンな――っ」

 尿意に近いけれど、それとは少し違う感覚に背筋が粟立つ。
 俺は、全身が痺れるような刺激に泣きそうになりながら腰を反らした。下半身が落ちて、抽送を繰り返す指が下から上へと突き上げるように動きを変える。
 亀頭に浅く爪を立てられて、限界だった。

「ひぁっ! あ、あっァあっ、あぁ〜っ! んぁ……っ」

 女のような嬌声が、喉から無理矢理絞り出されるように部屋を響かせる。
 陰茎からは、壊れた蛇口のように体液がこぼれた。
 ピュッ、ピュッ、と情けなく跳ねる姿が視界に入って、耐えきれず両手で顔を覆う。

「ひっん、んぅっ……や、やだぁ……」

 がくがくと笑う下半身は、しばらくしてようやく止まった。
 おそらくゴリラの上半身は、俺の精液やら体液やらで、とんでもないことになっているだろう。顔を隠した手まで熱くなる。
 俺は、穴に埋まって永遠に潜っていたい気持ちに駆られながら半べそをかいていると、優しい温度が両手をそっと取って引っ張った。
 情けない表情がさらけ出された俺に、ゴリラの優しい瞳が近づいて口付けが降ってくる。

「ん、ん……」

 好き、大好き。
 そんな気持ちがいっぱい溢れてくるようなキスは、俺の胸をどこまでも満たしてくれた。

「俺も、好き。お前が……」

 好き。

 そう言おうとした言葉は、音にならなかった。
 金魚のように口を開閉させて、戸惑うように視線を落とす。
 何か言いたげなゴリラの視線に、俺は少し悩んでから、深い緑色の瞳を見つめた。

「そういえば、お前の名前って――」

 何なんだ?
 むしろ、もっと早くに知っておくべき情報は、今まで何の疑問もなかったことが不思議なくらいだ。
 連絡先は、ゴリラの手によってそのままゴリラと登録されているが、それがこいつを指す名前ではないことぐらい分かる。しかし、そもそもゴリラに呼称は存在するのだろうか。

「ゴリラ……じゃねえもんな」

 首を振るゴリラに俺は困ったように笑った。

「でも、どうやって名前――あ、そうだ。ケイタイに打ち込んでくれたらっ」

 考えてみれば、携帯電話を使いこなすことが出来るのだから、名前ぐらいメモ帳にでも打ってもらえばいい話だ。
 と、いうか今までの意思疎通もそれで済ませていれば、もっとゴリラの気持ちを知れたのではないだろうか。
 俺はサイドテーブルの携帯電話を手にとって、ゴリラに渡そうとした。しかし、首を振ってやんわりと拒絶される。

「な、んで」

 真っ直ぐ俺を見る瞳は、穏やかな色でその感情を伝えてくる。今まで言葉を使わなくても、表情や仕草で心を通わせてきた。だからこそ、こうして想いが通じ合ったんじゃないだろうか。
 そう言われた気がして、俺は携帯電話を戻すと、ざわつく胸を押し込めるようにシャツを握りしめた。
 そうだ、俺はこいつの名前を、もう知ってる。

「お、前……本当に朝になったら覚えてねぇのかよ――卑怯だぞ」

 細められた目は、笑っているのか泣いているのか分からない。けれど、こいつはその名を呼ばれることを待っている。
 一つしかない名前を、俺に呼んで欲しいと望んでいる。
 厚く太い指が、俺の唇をなぞった。誘導されるように、唇が震える。

「――す、好き。俺は、佐藤のことが……好き」

 口を開けば、呆気ないほど簡単に言葉は出てきた。
 あの日、勇気を出して告白した言葉。なかったことにされて、居場所もなく彷徨い続けてきた言葉。
 それがようやく、届いてほしいと願い続けた相手に、受け止められた。

 ずっと消化しきれず心を焦がされていた俺は、ようやく開放された安堵から、思わず涙をこぼした。狼狽える視線にそうじゃない、そうじゃないと繰り返した。
 悲しいわけじゃない、嬉しいわけでもない。

「ただ、お前が佐藤であったことに、心が安心したんだ」

 佐藤を好きでよかった。
 そして、またお前を好きになれてよかった。

 口元を緩めて優しく微笑む姿が、佐藤と重なって、溶ける。
 抱き寄せられて大きな胸に顔を埋めながら、俺は何度も好き、と繰り返した。優しく落ちてくる口付けにこめられた愛情は、苦しい。

 苦しくて、辛くて、痛くて、泣きそうで――どうしようもなく、幸せだった。


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(C)siwasu 2012.03.21


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