04


「くそっ」

 マオは荒ぶる感情のまま足を伸ばしてシスを蹴りつけた。
 すると間抜けな声が聞こえてきて、少し溜飲が下がる。
 そうして、しばらく足でゲシゲシと蹴りながらいつもの調子を取り戻していたマオだったが、おもむろに伸ばされたシスの手にギクリと動きを止めた。
 意識が戻って怒られるかと思ったが、宙を浮いた手は力無くその場を彷徨っている。
 そして聞こえてきたか細い声に、マオは思わず目を見開いた。

「ま、お……マオ……ど、こ」
「ッ、どっか辛いのか?」

 マオは慌てて近付くとシスの顔を覗き込んだ。シスはぼんやりしていた瞳を向けてくると、安心したのか頬を緩める。
 そして手を伸ばし、マオの腕に縋りつくと、体を丸めて熱い息を零した。

「ここ、あつ、い……」

 そう言って自分の下腹部を指さし、足先でマオの脹脛を撫でてくる。まだ窪みは湿ったままだ。
 マオは、天を仰いで意味のない音を吐き出した。

「あ〜〜〜〜…………」

 突然だが、男には頭と性器に脳があると言われている。
 要するに、理性と本能だ。
 マオは、基本的に性器から出される信号に忠実だった。
 上の脳で考えることもあるが、大抵悩んだ時は下の脳が主導権を握る。
 そして今回も例に漏れず、いつもより多く悩みはしたものの、下半身から送られてきた指令に抗えるはずはなかった。
 シスの上に乗りあげると、足を開かせ、既に準備が出来ている自身の逸物を取り出す。

「昨日は俺が悪かったけど、今日はお前が悪い。そうだよな?」
「ん……あ?」

 状況が理解できていないのだろう。首を傾げるシスは、目だけをマオに向けるが、体を起こす気力まではないようだ。
 初めから返事は期待してない。
 マオは先端を押し付け、既に濡れた窪みで湿らせると、ゆっくりと奥へ沈めていった。
 アビリティのおかげで昨夜よりもスムーズに入るその場所は、歓迎するように逸物を包み込んでいく。

「あっ、へ、あ! ンッ……は、はへ……?」
「おーい、大丈夫か? 気持ち悪いとかあったらすぐ言えよ」
「ん、んぅ……う」

 瞬きを繰り返すも朦朧としているシスの頬を叩きながら、マオは呼びかける。
 シスは分かっているのかいないのか、ゆっくりと頷いて目を閉じた。挿入によって下腹部の熱は治まったのか、穏やかな顔を見せている。
 そのまま寝落ちそうになるシスを見て、マオは慌てて腰を動かした。

「おまっ、誘っといて寝るのはナシだろ!」
「えあッ? あ、あ、んあっ」

 おもむろに始まる抽挿に、シスはマオの腕をつかみながら眉尻を下げて口を開く。
 何か言いたげな様子を見て、マオは動きを止めるとシスの方に耳を寄せた。

「なに」
「し、かた……ないだろ、う」
「なにが」
「ここ、に……マオがいると、ひどく安心……するん、だ」

 言いながら、シスは息を吐いて接合部を撫でる。マオはその場で固まった。
 アイテムとしての機能がシスに変化を与えているのか、彼自身の変化なのか。
 この状況だ。おそらく前者だろうが、その言葉を発しているのはシスなので勘違いを起こしそうになる。
 マオはその場で冷や汗を垂らし、俯き、しばらく天井を見上げ、瞼を下ろして考え込むと、大きな舌打ちをこぼした。

「あぁくそっ、分かった、分かったよ! お前はこの状態が落ち着くんだな……!」
「うぁっ」

 マオはそう言って苛立たし気にシスの体を反転させた。
 奥へ逸物を押し込むと、根元まで入りきったことを確認してそのまま体を横に倒す。
 そして、所謂後側位と呼ばれる体位でシスの体を抱き寄せると、項に鼻を押し付けた。
 身長はシスの方が数センチ高く体格もいいので、女性のように包み込むことが出来ないのは仕方ない。シスは既に微睡みの中にいるようで、微かな寝息が聞こえてくる。
 毒に侵されていた苦しみから、ろくな睡眠がとれていなかったのだろう。
 穏やかに眠る姿を見て、マオはシスを抱きしめる腕に力をこめながら大きな息を吐いた。

(認めない……いや、認めたくない)

 自分が他人を気に掛けることなんて今まで一度もなかった。
 相手の様子に心を乱され、柄にもない行動をとったのも初めてだ。何よりシスは男である。
 マオはこの世界に来てから女性が少なく、同性愛が一般化されていると聞いた時、素直に気持ち悪いと感じていた。
 そんな中、唯一こいつならしゃぶらせても勃ちそうだと思えた顔がシスなだけなのだ。
 よって、この男に対しては戦えるオナホとしてしか見ていない。
 見ていないはずなのだが、誰かに取られそうになると、弱った姿を見ると、心がざわついてくる。

(ムカつくムカつくムカつく……くっそムカつく)

 マオは自分の感情に苛立ちを思えながらも、その意味を理解していた。
 悔しいから認めたくないだけで、心は既に決まっているのだ。
 身動ぎするとシスが呻き声を漏らす。マオは起こしてはいけないと固まって、ぎりりと歯ぎしりした。

(ああ、くそ、動きてえ……っ)

 下の脳から出される信号は痛いほど伝わってくる。
 しかし、いつもなら意思の弱い上の脳がそれを邪魔してくる。
 自身の中で生まれる葛藤。
 そのせいで一向に睡魔が訪れないマオは、朝までシスの寝息を聞きながら、生まれて初めて自主的な「我慢」を覚えたのだった。


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(C)siwasu 2012.03.21


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