「マオ!」 「どうやら手違いで、場所が入れ違ったみてえだなァ」 マオを包む黒煙が、ゆらゆらと黒い炎に変化していく。 シスはその黒煙に見覚えがあった。サンダーベアが倒れた跡に燻ぶっていたものだ。 黒い炎は、闇の属性を象徴するものであり、それを扱えるのはこの世界で魔王しか存在しない。つまり、闇属性の黒い炎を操るマオは、勇者ではなく魔王ということになる。 「この世界に飛ばされる時、僕は「魔王を倒して欲しい」と女神さまからの啓示を聞いた! なのに、目が覚めるといたのは魔王城だなんて、悪夢にもほどがあるッ」 「んなこと俺に言われても……ぼんくら女神さまのうっかりミスじゃねえか」 「うるさい!」 状況が飲み込めずにいるシスを置いて、二人は激しい火花を散らしていく。光の刃と黒い炎がぶつかり合う様子を見つめながら、我に返ったシスはようやく思考を動かした。 (僕が共に旅をしてきたのは魔王……?) 光は魔王にとっての弱点である。剣が振られるたび、マオは苦しそうにその刃を受け止めた。 (魔王城にいたのが勇者で、僕の使命は勇者と共に魔王を倒すことで、つまり倒すべき相手はマオで……でも、マオは魔王討伐のために今まで戦ってきて……) 動揺から思考がまとまらない。酸素が上手く吸い込めず、徐々に息が苦しくなってくる。 顔を青褪めさせていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、シスはのろのろと俯いていた顔を持ち上げた。 「シス、言っとくが騙すつもりは無かったんだぞ! 俺だって、最初は自分が魔王だなんて知らなかった、し!」 そう言ってイサムの攻撃を受け止めるマオは、かなり苦しそうだ。何度か切っ先が掠ったのか、ところどころ血を流している。 「勇者サマーって皆がチヤホヤするから、疑いもしなかったし」 「お前みたいな奴が勇者なわけないだろうっ!」 「っ」 マオの言葉に激昂したイサムが、勢いよく刃を振り下ろした。 体勢を崩したマオが膝をつく。その間に、柄を強く握り締めたイサムは、その切っ先をマオの心臓へと向けた。 「人を財布代わりにしたかと思えば、金が無くなるなり虫けらのように扱って……あちらの世界で毎日お前に与えられた痛み苦しみ、今ここで返してやる!」 言葉と同時に、刃がマオに迫っていく。シスはそれを見て、咄嗟に地面を蹴った。 「マオ……ッ」 イサムとマオの間にシスが体を滑り込ませる。 そして、勢いのついた刃を掴むと、マオを庇うように自らの方へと引き寄せた。 止まらない剣はシスの胸を貫いていく。 「っあ……」 この場で先に倒れたのは、勇者でも魔王でもなかった。赤い血を吐き出しながら、シスは刃を掴んだまま、ぐったりと蹲る。 咄嗟に防御の魔術を施していたが、やはり光の剣相手には意味を成さなかったようだ。 「う、っそだろ……!」 マオは飛び跳ねると、すぐにシスの元へ走り寄る。そして、柄を握り、その手が高熱で溶けだすのも気にせず、刃を引き抜いた。 イサムはその様子を見て、震えながら首を横に振る。 「ぼ、僕は悪くない、そいつが勝手に飛び込んできたから……っ」 人を初めて殺したのだろう。足が震え、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。 マオはシスの顔を覗き込むと、口の中に溜まった血を吸いだしてやる。幾分か呼吸が楽になったのか、シスは掠れる声でマオの名を呼んだ。 「ぶ……じ、か」 「っおい、動くなって……!」 マオの顔を確認すると、シスは頬を緩めて、切り傷のできたマオの体を癒していった。 普通の人間なら即死だろうが、シスは魔術士である。魔力が残っていれば、多少は話せるし、動くことができる。 しかし、自分の体を癒すほどの力はない。 「……馬鹿だな、シスリウス。そこは本物の勇者サマと俺をやっつけるとこだろうが」 マオは癒えていく傷に呆れながらシスを見た。いつもなら馬鹿にしたような視線を送るのに、上手く表情を作れないのか、泣きそうな顔になっている。 それを見たシスは安堵した。残虐非道、倫理人道から外れた悪の根源。そのような者がこんな顔をするはずがない。 それに、彼はシスの名を初めて呼んだのだ。 シスリウス。この世界で「勇者の星」という意味が込められた名前。いつか勇者に呼んでほしかった名前。 「やっぱ、り……マオは、ぼくにとっての、ゆうしゃさまだ」 そう言って、震える手でアイテムボックスを開く。 魔術王の加護。魔術をこめ続けているうちに、いつの間にかそのような名前がついていた指輪。シスの、十年以上の想いが入ったそれを、マオの指に嵌める。 「これで、いっかぃ、なら、そせ、が……」 それだけ伝えると、シスは言い切ったとばかりに体の力を抜き動かなくなった。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |