02


 数時間後。
 全速力で駆け抜けた先に現れた、崖の上にそびえたつ魔王城。
 周囲には暗雲が立ち込めている。闇のオーラを纏うその場所は禍々しく、感じる寒気にシスは身を縮めた。
 しかし、マオはその城を見ても躊躇うことなく歩を進める。

「ついに魔王が……」

 呟いて、シスは自分が怖気づいていることに気付き喝を入れた。
 そして、マオに続き城の内部に入ったが、その異様な雰囲気に思わず息を呑む。

「誰もいねえみたいだな」
「あ、ああ」

 魔王の住居、一番守られなければいけない筈のそこには、魔物の気配が全くない。寂々としたその空間は、本当に魔王が復活しているのか疑いたくなる。
 だが、これが罠の可能性もある。二人は警戒を怠らないように奥へと進むと、ひと際重々しい扉を見つけて押し開いた。
 そして、大きな広間の奥にある玉座、そこに腰かける影を見つけて身構える。
 シスは、玉座から視線を逸らさぬまま、声を潜めて言った。

「マオ、先に術をかけるからジッと……マオ?」

 シスは眉を顰めた。
 何故かマオは緊張感も持たず、すたすたと玉座へ近付いていく。

「おいっ」

 慌ててシスが追いかける。
 制止も聞かず、無防備に玉座の前に立ったマオは、そこに座る相手の顔を見るなり、下卑た笑みを浮かべた。

「なぁんとなく、そんな気はしてたんだよなァ」

 その言葉に釣られてシスも玉座を見る。
 そして、その姿を見て、虚を突かれたように口を開いた。

「え……」

 黒い髪、襟を立てた黒い服、頼りなさそうだが力強い瞳。そこから溢れるオーラには、禍々しさなど一つもなく、むしろ陽の光を放っているようにさえ思える。
 魔王の玉座に座る者。
 それは、魔王と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな、優しげな顔をした少年だった。
 少年は眉を寄せ、マオを睨みつける。その目は、優しそうな顔からは、想像できないほどの怒りに燃えていた。
 どうやらこの二人は、既知の間柄らしい。シスは混乱した。

「あ、ど、どういうことだ……?」
「こういうことですよ」

 少年はそう言って立ち上がると、頭上に手を翳す。
 すると、マオが引き摺っていた光の剣は震えだし、引き寄せられるように少年の手へと飛び込んでいった。
 少年が柄を握ると、刃は黄金の光を放つ。
 勇者の剣。その名に相応しい輝きを見せるそれに、シスは唇を戦慄かせた。
 動けずにいるシスを横目で見ながら、少年はマオを睨みつける。

「君が、天敵でもあるこれを取りに行くとは思わなかったよ」
「気が乗らなかったけど、どっかの王子様が欲しがったからな」
「ふーん。珍しい、君が誰かの願いを聞くなんて」

 何の話をしているのか、シスには全く理解できなかった。いや、考えれば分かることだが、考えたくなかった。
 輝く剣を見つめていた少年が、固まったままのシスを一瞥する。

「君はこの国の人かな。初めまして、僕はイサム。勇者として転移してくるはずだった、本物の勇者だよ」
「なっ」

 少年イサムの口から放たれた真実。それは、シスにとってあまりにも衝撃的な言葉だった。
 嘘をつくなと言いたいが、彼の雰囲気からは虚偽が含まれているように見えない。それに、なにより光の剣がイサムを主として認めたのだ。勇者としての証拠はそれで十分だろう。

「だったらマオは……」
「君、こいつと旅をしていたなら、分かってるんじゃないか」

 そう言われて、シスはぎくりと肩を強張らせた。
 王宮で初めて会ってからの暴言非道の数々。旅の最中に受けた仕打ちと、他者に対する守銭奴かつ冷酷な対応。倫理人道的とは決して言えない人間性には、思い当たる節があった。
 イサムは剣を構えると、マオにその切っ先を向ける。

「そいつこそが、この世界を滅ぼす悪の根源。人を人と思わず、残虐非道を繰り返す人道から外れた魔の化身」

 そう言って飛びかかると、イサムは光の刃をマオに向かって振り下ろした。

「僕に倒されるべき魔王だっ!」

 ガキィッン。

 マオを切り裂くはずの刃は、黒煙に防がれて宙で止まる。


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(C)siwasu 2012.03.21


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