02


 空が翳り、大地が裂け、草木は枯れ、動物たちが魔物へと変異する。
 ダライア地方で起きるそれらの異常現象は、新たな魔王復活の予兆だった。

 何千年と続くこの世界は、二百年に一度の周期で異世界から魔王が転移してくる。冷酷で残忍、慈悲も慈愛もなく、倫理人道から外れた魔の化身。魔王と呼ぶに相応しいその者は、この世界の破滅を望み、人間たちを蹂躙していく。
 それを唯一倒せるのが、対のように転移してくる勇者だ。
 心優しく、勇敢で正義感の強い人々の希望。勇者によって魔王は倒され、世界は平和を取り戻す。
 それが、幾度となく繰り返されてきた歴史だった。

 しかし、魔王が倒されてから丁度二百年経った現在、セドリア国では、想定外の問題が起こっていた。歴史を記した文献では、魔王復活の九十日後に現れるとされる勇者が、先に転移してきたのだ。

 すぐにダライア地方へ偵察隊が向かうも、魔王の影は全く見当たらなかった。何度攻めようとも滅びない魔王城も、人気どころか魔物の姿一つなく、埃が積もっていたという。
 だが、対である勇者が現れた以上、じきに魔王も姿を見せるだろう。
 ダルギヌス王はこの問題を好機と考えた。

 魔王復活の前に、勇者の腕を磨き先手を打つ。勇者が遅れて現れるため、魔王の侵攻に幾度となく辛酸をなめてきた人間たちの、初の先攻である。
 ダルギヌス王は、早速選りすぐりの冒険者たちを集めると、勇者に魔王討伐を依頼し、褒美として何でも願いを叶えることを約束した。
 それを聞いて、三日前にこの世界へ転移してきた勇者マオの返した言葉は、誰もが予想しない要求だった。

「報酬の担保としてそこにいるピンク頭を寄越せ。……は? 王族はパーティーに加入できない? なら固定アイテムにして連れて行く」

 遠征中の兄たちの代わりに同席していたシスリウスは、マオの横柄な物言いに憤慨した。
 しかし、どれだけ喚こうとも、魔王を倒せるのは勇者であるマオしかいないのである。

 シスリウスは、人一倍正義感の強い真面目な男だった。
 母親譲りの大きな目に翠の瞳は宝石のように美しく、その容姿は幼い頃、女性と見間違えられることも少なくなかった。成人を超え身長が伸び、剣技で鍛えた肉体のおかげで今は間違える者もいなくなったとはいえ、やはり女性的な顔立ちは残っている。
 あの空間で最も綺麗な者は誰かと聞かれれば、誰もが迷わずシスリウスを指すだろう。マオが、性的欲求の対象として女性の代わりにシスリウスを選んだ理由は頷けた。

 それから二日間。
 シスリウスは怒り、悩み、断腸の思いでマオの要求を受け入れた。

 つまり、魔王討伐をサポートするため、そして勇者の性的欲求不満を解消するために、マオのオナホールアイテムになることを決めたのだ。










「いいか。僕が貴様に従うのは、魔王討伐までの間だけだ」
「ああ、いいぜ。魔王倒した後は、嫌でも女たちが股開いてくれるってジジイも言ってたし」
「父上をそのように呼ぶなと言っただろう!」

 一週間後。
 旅支度が整った二人は、王宮の前で最後の確認を行っていた。
 マオが手を突き出すと、シスリウスの前に光の環が現れる。それはシスリウスを包みながら回転し、弾けるように消えていった。

「こ、これでいいのか?」

 シスリウスは戸惑いながら自分の体を確認した。
 この世界では、アイテム登録すれば各々が持つアイテムボックスに収納され、消費アイテム以外なら半永久的に使用できる仕組みとなっている。シスリウスは何の変化もないことに安堵した。
 マオは、シスリウスのステータス画面を確認しながら言った。

「とりあえず収納できるか試してみるか」
「ま、待てっ」

 慌てるシスリウスを尻目に、マオは手をかざす。すると、シスリウスの体は荷物ごとその場から消えてしまった。
 マオは宙を見ながら楽しそうに笑う。
 そこには、アイテムボックスの中身がアイコンで記されている。

「すげえ。ちゃんと荷物も一緒に入ってる」

 一方、シスリウスは真っ暗な空間に移動していた。
 見回しても闇しかなく、身動きもとれない。まるで、黒い箱に閉じ込められたような感覚だ。
 唯一、マオの言葉だけが頭に響いてくる。

「マオ、早くここから出してくれ!」

 シスリウスはマオに聞こえるよう、大きな声で叫んだ。
 声は届いたのか、ほどなくして元いた場所に戻る。

「なるほど、声は聞こえるのか。どうなってんだ」
「知るか! いいか、確かに僕は貴様のアイテムになったが、意思の無い道具のように扱うことは許さないからな」

 ボックス内に収納されたことが、余程許せなかったらしい。
 鋭い剣幕に、マオは素知らぬ顔をして手をかざした。シスリウスはそれを見て頬を引き攣らせる。

「そうだな、お前が口うるさくしねえってんなら――出してやっててもいいけどよォ」

 そう言ってマオは、下卑た笑みを浮かべた。
 その表情は到底勇者が見せる笑みではない。
 言葉を詰まらせて黙り込むシスリウスの返事を了承と取ったのか、マオは満足そうに頷く。

「黙ってりゃ顔だけは女みてぇなんだ、精々オナホアイテムとして頑張れよ」
「ぐううううぅぅぅぅぅぅ……っ」

 この世界に転移してきた勇者は、どの時代も優しく勇敢な少年だったと記されている。
 そんな過去の勇者たちをシスは尊敬し、憧れ、思慕さえ抱いていたのだ。
 マオのような非人道的で下劣な勇者など聞いたこともない。

(こんな男が憧れの勇者なものか!)

 シスリウスは、自分のステータス画面がアイテム仕様に変わっていることを確認しながらも、アイテム種別が成人指定に登録されていることから目を背けてマオを睨みつけた。
 こうして、歴代最低のクズ勇者マオと、勇者のオナホアイテムになった第三王子シスリウスによる、魔王討伐(ただし魔王はまだ現れていない)の旅は始まったのである。

「ところで名前、長いからシスに変更しといたけどいいよな?」
「え? ……あぁっ! 貴様、母上からいただいた名に何ということを……!」

 ちなみに、シスリウスはマオによって強制的にシスへと改名させられてしまった。


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(C)siwasu 2012.03.21


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