01


「ふざけるなッ」

 煌びやかな装飾に、女神が描かれた天井。
 王宮の奥にある謁見の間で怒鳴る第三王子シスリウスは、肩を上下させ荒い息を繰り返している。
 普段声を荒げることがない彼の様子に、父であるダルギヌス王は狼狽えていた。玉座から身を乗り出して、隣に立つ息子の表情を心配そうに窺っている。

「何でも、って言っただろ」
「倫理人道的な問題だ。君は人間を何だと思っている」
「でも選択できるぜ」
「そういう問題ではない!」

 シスリウスは、自身にターゲットが向けられていることに気付き、慌てて目の前で光る環を払った。しかしそれが消えることはない。
 ターゲットは、対象物に向けることで動作――主に戦闘での攻撃や防御の補助が可能となる。ターゲットを向けたからといって、必ずしも対象への動作が失敗しないわけではないが、無いよりはある方がより確実だ。
 本来、人間に対して向けることはできないはずだが、勇者であるマオだからこそ可能となっているのかもしれない。
 怒りに震えるシスリウスを横目に、ダルギヌス王が穏やかな口調でマオに問う。

「魔王討伐に必要な人手なら、ここに優秀な冒険者を揃えている。わざわざシスリウスを固定アイテムとして登録し、同行させる必要があるのだろうか」 

 その言葉に、マオの前で控えていた冒険者たちが揃って頷いた。
 剣士、拳闘士、槍術士、弓術士、盗賊、魔術士、修道士。
 皆、ギルドではトップランクを誇る冒険者だ。勇者のパーティーとして不足のない能力を持っている。

「女がいねえ」

 子供のように不貞腐れるマオに、シスリウスはため息をつく。

「セドリア国で数少ない女性は、そのほとんどが貴族と同じ階級を持つ。進んで危険な冒険者になる者などいない」

 この国の女性は、子を産み育てることのできる聖母として扱われるため、男よりも手厚い待遇を受けている。平民として質素に暮らしている者もいるが、やはり男よりも立場は上の存在だ。
 その地位を蹴ってまで、危険の伴う冒険者になろうなど、誰も思わないだろう。
 説明を聞いて、マオは億劫そうに息を吐いた。

「だから、お前でいいって言ったんだ」
「王族がパーティーに入ることはできない」
「アイテム登録ならできるって言ってるじゃねえか」
「だから、そんな非人道的な行為を……ってやめろ! 僕にそれを向けるんじゃない!」

 また現れた光の環から逃げながら、シスリウスはダルギヌス王に顔を向ける。そこには、勇者に会えると聞いて高揚していた姿はどこにも見当たらない。

「父上ッ、こんな男が勇者だなんて認められません! 何かの間違いでは!?」

 シスリウスの問いかけに、ダルギヌス王はマオを見つめた。
 烏羽色の瞳、黒い髪を際立たせるような白い肌、細くて長い首、整った鼻に薄い唇。妖しささえ滲ませる少年は、十七歳にしては色気があり、女神フィリとどこか似た容姿をしている。
 この少年は、歴代の勇者たちが転移してくる祭壇から現れた。
 また、過去の文献を見ても、勇者は常に黒髪だと記されている。
 ここまで揃えば、勇者として認めるに十分な証拠だろう。

 ただ一点、歴代の勇者たちと違うことがあるとすれば、とんでもないクズ野郎だということだ。

 ダルギヌス王は、キリキリと痛みだす腹を押さえながら言う。

「何故シスリウスなのだ。王族を望むなら、余が出ることもやぶさかではない」
「父上っ」

 シスリウスが口を挟むも、ダルギヌス王は手で制する。
 それを半眼で眺めていたマオは、指を三本立ててみせると、つまらなさそうに言った。

「理由は三つ。一つは、少なくともここにいる奴の中で一番ステータスが高い。ジジイ、お前よりもな」
「父上をそのように呼ぶなど侮辱罪に値する!」

 シスの癇声に、マオは煩わしそうに眉を寄せる。

「ハイハイ、王様ね。もう一つは、第三王子ってことは上に兄ちゃんが二人いるんだろ? 三人目なら次の王様……あー、継承権っていうのか? そういうのが無いから連れて行きやすいかと思った。王子の方が金持ってそうだし、冒険者よりも使い道がありそうだし。要するに、実用性がある」
「だから人を物扱いするなと……っ!」

 憤慨するシスリウスは、地団太を踏んでマオを睨みつけた。

 実のところ、勇者は的確な判断をしている。
 確かにシスリウスは、高い魔力を持つ第二王妃の血を継いでおり、ダルギヌス王や兄、冒険者たちよりも、はるかに魔術が優れている。この国の結界を張る魔術協会の手助けをしているほどだ。
 それに、第三王子は国のしきたりによって、王位継承権を有していない。
 この世界に来たばかりのマオが、それを知っているとは到底思えないが、つまり、シスの同行は決して不可能な要求ではなく、マオにとって魔術的にも金銭的にも強い戦力になり得た。

 勇者としての観察眼に、ダルギヌス王は唸る。
 マオは三本の指を左右に振ると、話を続けた。

「最後に、俺にとって重要な三つ目。――その顔なら、しゃぶられても萎えないと思った。つまりオナホ代わりになる」

 謁見の間が沈黙に包まれる。
 誰もがマオの言葉を理解できなかったせいだ。
 シスリウスも目を瞬きさせている。
 そして十数秒経ち、ようやく全員がその意味を理解した瞬間。

「ふっ、ふ……ふざけるなあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 シスリウスは顔を真っ赤にさせて、人生で初めてであろう声量をマオにぶつけるのだった。


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(C)siwasu 2012.03.21


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