いじめられっ子×いじめっ子[R18]



内容暗め。攻め以外と性行為する受けがいるのでご注意ください。企画作品。



【新世界より】

 赤く染まった空にカナカナと響く鳴き声が、校舎に響く音楽と相まって寂々とした空間を際立たせる。下校を促すこの曲がラルゴ、一般的には家路と呼ばれる曲名であることを知ったのはこの間音楽の授業で教師が自慢げに語っていたからだ。
 何度も繰り返されるその曲の合間、聞こえてくる僅かな呼吸音を耳にしながら斎藤はわざとらしい溜息を吐いた。息を呑む空気を感じ取りながら瞑目していた顔を上げて瞼を開けば、下着と肌着のみの醜い姿が男子トイレの奥の窓から刺す夕日によって赤く染まっている。その中で際立つように光る眼光が前髪の間から窺うようにこちらを覗き見る姿に苛立って手にしていたモップの柄を掴み直し打ち付けた。蛙の潰れるような声が厚い唇から洩れる。

 家路と共にカナカナ、と鳴き続けていた日暮の音が止んだのが合図だった。

 斎藤の後ろに控えていた友人達が無邪気な表情のまま彼にバケツ一杯の下水を浴びせ、モップで殴りつける。顔を押し付けられて命じられるまま床に零れた汚水に舌を這わせる姿は溝鼠のようだった。
 笑いながら指を差し見下ろす友人達を尻目に、斎藤は這い蹲りながらも泣き言一つ漏らさない真鍋につまらない、と小さく呟いた。聞こえたのか、肩を震わせながら見上げるその目は恐怖に歪んでいる。

「だから、つまらない」

 再度、斎藤は真鍋に向かってはっきりと口にした。

「もう消えろよ」

 続けて吐いた言葉は、間髪入れず三階のトイレの窓から飛び降りた真鍋によって叶えられた。沈黙の中何かがコンクリートに落ちる鈍い音と、傍の運動場で遊んでいたらしい女子の悲鳴、乾いた空気、慌てて飛び出す友人達。
 残って一人立ち尽くす斎藤の元に、暫くして教師が現れた。状況はその異質な空間と悪臭で理解されたらしい。すぐに青褪めた大人によって腕を引かれるままその場を去る斎藤は、何故かずっと、視界から消えるまで彼の落ちた窓を見つめ続けていた。
 残念そうに、物欲しそうに、愛しそうに、見つめて、いた。



【新世界より】



 賑やかな昼休みの空気を一転させたかのような静けさを漂わせる旧校舎。締まりきらない蛇口から洩れる水音とは別の音と荒い息遣いが、今は使用されていない美術室から聞こえてくる。
 暫くして籠った声と共に咥内に広がるそれを嚥下した斎藤は、膝立ちのまま男の股の間から顔を上げると眉を寄せながら睨み上げた。

「先輩、早すぎじゃないですか?」
「お前が上手いだけだろ」

 スラックスを寛げ余裕を持った笑みを見せる柴山に悪い気分を覚えなかった斎藤は、視線を逸らし小言を呟きながら自身の肛門に挿入していた指を緩慢な仕草で引き抜いた。立ち上がり後ろの机に上半身を倒せば、当然のように突き出した臀部を鷲掴み柴山の陰茎が彼の解された場所に侵入してくる。
 圧迫感に息を吐きながらそれを受け入れる斎藤は、収まりきった彼の陰茎の形を中で締め上げながら腰を揺らしていく。柴山がそれを咎めるように掌で叩けば、痛みだけではない感覚を示唆するような悲鳴を小さく上げた。

「あっ、せ、んぱい、もっと、強くっ」

 言いながら机に突っ伏した顔を捻らせて見上げてくる斎藤の目は欲に濡れていて、柴山は鼻で笑いながら再度腫れあがった臀部に掌を強く打ち付けた。女のように嬌声を上げる斎藤を見て、また哂った。

「ほんっと変態だよな、お前って」
「あ、んあ、いっぱ、い、突いて、」
「聞けよ」

 話しかける言葉を無視するように腰を揺らす斎藤の髪を遠慮なく掴んで引き上げれば、のけ反った喉からひゅっと音が漏れる。しかし同時に陰茎が入ったままの内部が捻るように締まってそれが悦びであることを彼に伝えていた。強引に腰を掴み揺すれば嬉しそうな声が室内を響かせる。

「あーっ、あ、あ、せんぱ、叩いてっ、くださ」

 柴山は要望に応えるように斎藤の臀部を何度も打った。途中から疲れてきたのか弱まる力に斎藤が抗議すれば、柴山は机の横に放置されていた長い物差しを掴んで鞭打つように撓らせれる。血が滲む程赤く腫れ上がっていく色に比例して彼は何度も律動を繰り返す陰茎を締め付けた。

「出す、ぞ」

 暫くして柴山はこれで終わりだと言わんばかりに物差しを放って両手で斎藤の腰を掴むと乱暴に挿入を繰り返した。互いの肉が打ち付けられる音が何度か響いた後、唸るような声と共に荒い息が沈黙の中に訪れる。斎藤は自身の垂れ下がった陰茎を見下ろしながら後ろに圧し掛かり動かない男に抗議の声を上げた。

「…、そろそろ昼休み終わるんすけど」
「あー、今回もイかなかったか」
「聞いてます?」

 斎藤の声を無視して反応のない陰茎を弄る柴山を半眼で見つめれば、一気に中のものを引き抜かれて悲鳴のような声が小さく漏れる。立ち上がり乱れた制服を直す彼に倣って斎藤も片足だけに残っていたスラックスを引き上げた。

「あんなに中は締まるし気持ちよさそうなのに反応しねぇよな」
「昔からなんで」

 制服に阻まれた陰茎を見つめながら考え事をするように顎を触る柴山に冷静な声を返すと、つまらなさそうな相槌が返ってくる。斎藤はそれを横目で見遣りながら近くに置いていた眼鏡をかけると襟を正して教室の扉に手をかけた。丁度聞こえてくる予鈴の音に意識を飛ばしていると後ろから声をかけられる。

「斎藤、お前、一度も勃起したことねーの?」

 揶揄するような音色は心地いい。扉にかけていた手を眼鏡の蔓に移動させながら彼に見えないよう斎藤は微笑んだ。

「ありますよ」







 斎藤は勃起不全の同性愛者で、更に加えると被虐性欲を持っていた。人には言えないその性癖はけれど彼の無欲恬淡な見た目によって特定の者以外に知られることはなく、淡々とした日常を装っている。
 それが今後も続いていくと疑わない彼の確信を変えたのは、翌朝転入生と紹介されて現れた懐かしい名前を耳にしてからだった。

「真鍋一弥です」

 教師に続きゆっくりと足を引き摺りながら現れた長身の男は、その自信の無さを表すように背を丸めて俯いていた。紹介された名前と声に、斎藤は空虚な態度で窓から見える空を眺めていた瞳を前方へと向ける。逆行再現された脳の中にいた彼の外見とは大きくかけ離れていたが、それでも忘れる筈のない音色に鳴ってもいないあの曲が流れた、気がした。

「事故で足を引き摺ってしか歩けないのでご迷惑をおかけすることもあると思いますが、よろしくお願いします」

 そう言い切って頭を下げる真鍋の一動はあの頃よりも優雅で粛々としていると、齋藤は唾をゆっくりと飲み、視線を逸らす。
 因果は皿の縁とは、よくいったものだ。震える指を握り込みながら、斎藤は反応を示す下肢を静めるように瞳をゆっくりと、閉じた。そしてその時まで、心の準備が欲しいと、願った。

「何、聞いてるの?」

 けれど再会から接触までは予想以上に早く、昼休みの食後に出来た空白の時間。気配に肩を大きく震わせ視線を上げれば背を丸めているとはいえあの頃より高い位置から真鍋が冷めた視線で斎藤を見下ろしていた。ゆっくりと耳に当てていたイヤホンを外せば、再度同じような唇の動きが斎藤に向けられる。

「それ、何聞いてたの?」
「あ、」

 戸惑いのまま口を開閉すれば真鍋の冷めた視線が手の中のものを奪い取り、暫くして呟いた声に斎藤は瞳孔を開き姿勢を正した。

「家路…クラシック聞くんだ、いや」

 音楽に釣られてかぼんやりと視線を彷徨わせていた真鍋の瞳が、元の場所に戻る。

「これしか聞けないん、でしょ」

 実直に向けられる質問に斎藤は返す言葉が見つかる筈なく室内を見渡した。一日で最も長い休憩時間とあってか疎らな生徒達は特にこちらの雑談に耳を傾けることはない。それに安堵を覚えていいのか困惑する胸中を余所に、真鍋はイヤホンを掌の中に返した。

「放課後、空いてる?」

 一見脈絡のない言葉だが、斎藤はその言葉に俯くと、唇を噛み締めて一度だけ、小さく頷く。返事に満足したのか真鍋は眼を細めると、庇うように足を引き摺りながら自分の席に戻っていった。
 元には戻らないその足を何故今迄抱えてきたのか。責められるような、いや、実際には責めているのであろう彼の行動に思わず身震いを起こした。言い知れぬ恐怖が背中に迫り、粟立つ肌を抑えるように抱き込む。
 けれど、斎藤は心の片隅でそれが何故か心地いい、と確かに感じていた。







 夕暮れの色が校舎を染めて人影もまばらになる中、斎藤は旧校舎の美術室で居心地悪く椅子を軽く蹴った。がり、と脚が床を擦る音に眉を潜めて正面の真鍋を伺えばこちらの様子をただ無言で見つめているだけで、斉藤は胸に淀んだ靄を誤魔化すようにまた椅子を蹴る。

「懐かしいね、放課後よく遊んだから」
「お、どすのか」

 彼が斉藤の元に現れる理由など一つしかない。確信を持って震えながら吐き出した言葉はやんわりと細められた眼に吸い込まれていった。それが徐々に開かれると、吃驚とした表情が斉藤を捉える。

「まさか」

 俯きがちな、丸まっていた背中が伸ばされ想像以上に高くなった身長が迫りくるような感覚を覚えて斉藤は無意識に後退りした。がたり、と揺れる机の音が寂々とした空間を響かせる。
 真鍋はその様子に口の端を僅かに上げて彼に近付くと、自然な動きで斉藤の首に手をかけた。振り払うことも忘れたようにはくはく、と口を開閉させる斉藤の眼鏡越しに見える眼は小さく揺れている。真鍋の腕を持ち上げるような動きに気管が徐々に締まっていくのを感じながら、斉藤は自身の内部の熱が脳と、そして下腹部に集まっていくその感覚に興奮を覚えた。

「っは、」

 斉藤は瞼の奥が瞬くような赤に染まっていく状況に気付いて、ようやく申し訳程度に添えられた抵抗は彼の腕に手を重ねることだった。腕を下げられ、浮遊感に立たされていた身体が重力を感じる。それを少し残念に思っていると、距離を詰めた真鍋の長い足が斉藤の足の間を滑った。間髪入れず膝で蹴られる股間の鈍い痛みに思わず涙が漏れる。

「勃起、してるけど」
「っ」

 首の圧迫感は緩む気配がない。むしろ、強くなる力に蛙の潰れたような、醜い悲鳴が漏れた。

「ぐ、っぅ」

 これは彼なりの復讐だろうと斉藤は現状の行為を結論付ける。自分が彼に行っていた過去は決して悪戯とも、虐めとも呼べるものではなかった。拷問に近い苦痛を毎日与えて、何がしたかったのか。思いを馳せた向こう側から返ってきた答えは、斉藤自身忘れていた、純粋な欲求だった。
 けれど今、思い出したところで何が変わるというのか。興奮は覚えるが死にたくはない。眞鍋と再会した今、まだその感情を失いたくはない。それでも消えそうになる意識の中、聞こえるか聞こえないかの声で名前を呼べば、その圧迫感からはあっさりと解放された。突然舞い込む酸素に気管が悲鳴を上げる。
 跪き、噎せながらも呼吸を整える斉藤の俯いた頭を今度は真鍋の両手が優しく包み込み、持ち上げると唇を合わせてきた。酸素を奪うような口付けにまた呼吸が出来ず斉藤は彼の背中にしがみ付き、縋りつく。ようやく離された後はまるで脳の大量の細胞が壊死したような、何も考えられないといった呆けた表情を見せる斉藤が涎を口端から垂らしながら彷徨う視線を真鍋に向けていた。
 また訪れたつんざくような静けさの中、気味が悪いほど赤く染まった夕日が聞きなれたあの曲を校舎にゆっくりと照らしていく。あの時と違うことは、虐げる者と虐げられる者だ。斉藤は懐古に浸りながら赤に染まる真鍋の顔を半開きの口のままジッと見つめた。目の前で口角の上がる唇すら奇麗に染まって、まるで悪魔でも見ているような気分を、感じた。

「昨日は勃たなかったのに、ね」
「……、あ…え…」

 赤い唇から嬉しそうに漏れた声は、曲に合わせてゆっくりと脳に響いてくる。漸くはっきりとした意識を取り戻した頃には、斉藤の唇は彼と反対に真っ青に染まっていた。

「ずっと、見てたから」

 細められた瞳が赤く染まる。斉藤は、自分の脳が警鐘を鳴らしているのを感じながらそれでも彼から目を離せないでいた。

「俺が虐められてる時にいつも勃起してたことも、俺を自分と置き換えて興奮してたことも、」

 彼と出会って初めてであろう、優しく手を握られる感触が人のものでないような気がしておぞましさを覚える。ジジジ、と曲の合間に聞こえる音がその歴史を物語っているようだった。あの頃あの校舎で聞いた音は、もう少し新しかったような気がする。

「女の子と初めてセックスする時に吐いたことも、道すがらのおっさんにレイプされて感じてたことも、」

 恍惚な表情を向ける真鍋を見ながら、斉藤は実の所直感的に理解していた。あの時、真鍋を友人と痛めつけていた加虐行為は気になっていたからでもあり、けれど怖かったからでもあった。

「服は通信販売専門のブランド使ってることも、毎日何を食べていつ風呂に入って寝ているのかも、」

 長い髪の間から見える目。どれだけ痛めつけても抵抗を見せない身体。斉藤の言葉にだけは忠実に従う意思。それが、快感と羨みを覚えると同時に恐ろしい何かが纏わりつくような感覚に襲われていた。

「一個上の先輩との関係も、」

 得体のしれないものが斉藤を蝕んでいるようなその悪寒は、間違っていなかった。嬉しそうに、自慢げに語りながら見せる写真が一枚、また一枚と室内を満たしていく。最早映る視界に見慣れた床は見えなかった。どれもに映る自身の姿が滑稽にこちらを嘲笑っているような眩暈に頭が揺れる。響く家路が、静かに終わった。

「これからは、見てるだけじゃなくて、」

 握られた手を包み込みながら、眞鍋が優しく笑う。赤い顔の悪魔が、優しく微笑む。

「一緒に、いるから」

 そうして優しく触れるだけの口付けに、斉藤は泣きそうな顔で、歪んだ笑みを真鍋に向けた。あの時興味本位で彼に好意を寄せた、眞鍋と出会ったばかりのまだ幼い無知の自分が彼の瞳に映って、消える。

「じゃ、あ俺、を、目一杯、痛め、つけ、て…」

 しかし、異常な真鍋に惹かれた自分自身もまた異常なのだ。
 震える要求に応えるような、強く頷き苦しいほどに抱きしめる真鍋の温度。
 斉藤は小さく肩を震わせた。制服の中で濡れた股間が、じんわりと熱を伝える。

 それは初めての射精、だった。



end.



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(C)siwasu 2012.03.21


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