甘さ控えめ、気持ち多め | ナノ
甘さ控えめ、気持ち多め

 ベリィバニラの携帯電話からガラルの音楽グループの着信音が鳴ったのは、家のリビングのテーブルに置かれた段ボールに敷き詰められた中身にげっと声を漏らした時だった。今は休業し、芸能界から離れているとはいえ、子役だった時のファンや、子役の過去と関係なくベリィバニラの美貌に惚れた相手からのプレゼントは今日この日になるとどさっと届く。それが例え洗濯カゴ程の大きさの段ボール一箱分であれど、届くチョコレートは毎回消費に困る。さて、今年はどこの学校や孤児院にチョコレートを寄付しようか。そんな事を考えながらキュロットスカートのポケットから携帯電話を取り出し、蓋についた小さな画面を確認すればデジタル文字で「トレヴァー」と記されていた。最近親交ができた魔法使いのパフォーマーだ。
「もしもし、トレヴァー?」
「バニラ」電話の向こうの相手が本名兼愛称で呼ぶ。「久しぶり。久しぶりなのに変な事を聞いても良いかい?」
「何?バレンタインカードに書く決まり文句を忘れたとか?」
 ゆるくおさげにした髪をいじりながらバニラは今日がバレンタインである事を思い返す。たくさんの愛が国中に溢れる日。男性が意中の相手に名前を伏せたメッセージカードとチョコレート、あるいは花束だったりアクセサリーだったり、レストランでの優雅な夕食の時間をプレゼントするのが定番となっている日に、彼も誰かに贈っていたりするのだろうか。
「その、俺にチョコレートを贈ったか?」
「まさか」その質問におさげをいじっていた手が止まる。宛名のないプレゼントに悩むのはこの日あるあるだ。「私は贈ってないよ。贈るわけがない」
「そうだよな……」
 考え込む声が耳に入る。続け様に彼が語った話によれば、今日の午前、ホテルでくつろいでいた最中に届けられたプレゼントだったという。最近では性別関係なしに贈り合う義理チョコの概念も生まれつつあるが、バニラは贈った事が原因で妙なゴシップを立てられるのを嫌い、特定の相手にバレンタインのプレゼントを贈らないようにしている。毎年チョコレートの消費を頼んでいる幼馴染を除けばの話だが。
「グロリア──俺の従者に聞いても違うって言われたし、誰から来たのか全く見当つかないんだよな」
「親密な相手から貰った感じ?」
「多分、俺のことをそれなりに知ってる相手から来たものだと思う。色々中に入ってたし」
 なるほど、と携帯電話を持ち直す。これは長くなりそうな電話だ、リビングに鎮座する水色のソファーに深く腰掛け、窓の外に広がる綺麗に手入れされた小さな庭園を眺めながら電話を続ける。時間はいくらでもある。
「届いたものにヒントがあるんじゃない?何が届いたか言ってみて」
「何て事ないものばかりさ。チョコレートにコロンにバレンタインカード」
「まずチョコレートから開けてみたら?」
 声が止み、ややあってガサガサと袋を開けるような音がすると同時に聞こえてくる雑音が増える。どうやら相手はスピーカー通話に切り替えたらしい。紙の擦れる音を聞くうち、そういえばとバニラはトレヴァーの味の好みを思い出す。甘い物が苦手で、スイーツと呼ばれる食べ物の半分は食べられないと語っていた彼にチョコレートを贈るなんて、余程彼の味覚に合ったものでない限り彼とはそれ程親しくしていない相手ではなかろうか、と頭を巡らせてみたところでトレヴァーが声を上げた。
「ハイカカオチョコ!俺でも食べられるチョコレートだ」
「良かったじゃない、食べられるなら」
「俺がよく食べている会社のやつだ。偶然にしても出来すぎているし、やっぱりバニラが贈ったんじゃないか?」
「断じて贈ってないよ」
 相手が目の前にいる訳でもないのに思わず口元を尖らせてしまう。こればかりは何度でも主張したい。
「コロンも開けてみよう、会社とか匂いに何かヒントがあるんじゃない?」
「分かった、開けてみる……これは普段使わないコロンの会社だな」
 匂いの方は、の声に続いてコロンをプッシュした音がして、つくづくトレヴァーが目の前にいないのを悔やんでしまう。面白いことが起きているのに、電話越しでは聴覚でしか共有できないのである。私の魂を今トレヴァーのいるホテルに飛ばせたなら愉快だっただろうに。だがそれでも彼の困惑ぶりはバニラに伝わってきた。そうこうしているうちにバニラの目の前で雇われの庭師が木々を剪定し始め、その様子を眺めつつ携帯電話を持っていない手を頭の後ろに回したところで、ふんふん匂いを嗅いでいたトレヴァーが少しずつ語り始めた。
「バラの匂い、だな。それにほのかに香るバニラ──君じゃなくて花の方、な──の香り。クリーミーでジューシーな感じがして、これはそう」勿体ぶった口調が一瞬止まる。「まるでターキッシュデライトだ。でも悪くはない」
 まるでソムリエを思わせる口ぶりにバニラは笑いを堪えるのに忙しくなる。昔見ていたアニメに出てきた、オーバーリアクションのソムリエ程ではないが、どこか芝居がかった様子は滑稽で、くすりと笑ってしまった声がトレヴァーに拾われる前にごめんと謝罪を入れる。
「でもバニラの香りってことは、名前が同じ君が送り主じゃないかやっぱり?」
 これには言葉より先に頭の後ろに置いていた手が先に動いた。瞬時に顔の前に持ってくると、それをぶんぶんと振る。
「いやいやいや……それじゃカードは?絵柄とかメッセージがヒントになっているんじゃない?」
「分かった、読んでみる」
 またもガサガサとプレゼントを触る音。そしてトレヴァーが厚紙を開く音がし、暫く彼のぼそぼそとした独り言がする。耳の良いバニラだが、スピーカーからやや離れた場所で話しているらしく、内容までは聞き取れなかった。
「うん、普通のバレンタインカードだ。メッセージも『密かにあなたを信奉する者より』とだけ」
「密かにあなたを信奉する者!」今時芝居の世界でも使わないような大層な言葉を反芻してしまう。「それは自筆?」
「元々印字されている文言。何か書いてあれば筆跡で誰だか特定できたんだけどな」
「相手は相当素性を隠したいようね。それで絵柄は?」
「そうだな……ワインレッドの紙にバラの花束が描いてある。バラをこすると香りがする仕掛けが施されていて……いい香りだ」
 残念ながらバニラの元にはガリガリとトレヴァーがバラをこする音しか聞こえない。今度そのカードを見せてもらおうかしら、そう考える傍らで心の中ではなんとなく全容の想像がつき始め、トレヴァーを小突きたくなる衝動に駆られる。
「バラの花束って本数で意味合いが変わってくるのは知ってる?そのバラは何本?」
「えっと一、二、三……六本ある」
「へえ」へえ。この時ばかりは電話越しで良かったとバニラは思う。こんなににやけた顔は彼には到底見せられない。
「どんな意味なんだ?勿体ぶらずに教えてくれ」
「まあそう慌てなさんな。いい?六本のバラはね『あなたに夢中』とか『お互いに愛し、敬い、分かち合いましょう』て意味よ」
 へっ、と裏返った声だけが返ってきた。それだけで彼には充分だろう、にやにやしながらバニラがしばしの静寂を楽しんでいると、絞り出したような声が遠慮がちに聞こえてきた。
「そ、そう言えば裏にもバラの花束が描かれてて、こっちは三本なんだけど」
「おめでとう、それは『あなたを愛しています』て意味よ」
 今度は何も返ってこなかった。沈黙だけが二人の間に流れる。時間にすればカップ麺が完成する時間にも満たないだろうが、バニラにとってはそれ以上に感じた。トレヴァーは気付いたか、未だに分からないと宣うか。携帯電話を握る手が湿っぽくなり始める。
「嘘だろ、待ってくれ」
 永遠にも感じた時間が動き出す音がした。さて、彼はここからどう言葉を繋げるのか。携帯電話を一層耳に押し当ててバニラは前のめりになる。ここまでされたら流石に気付くだろう、目がきらりと光る。そんな高鳴る胸の鼓動を抑えて耳に神経を集中させたところで入ってきた言葉は、バニラを打ちのめすには充分なものだった。
「こんなにも俺の事を思ってくれるのは嬉しい……だが、結局誰から来たのか全然分からないぞ……?」
「まだ分からない?もっとよーく考えてみたら思い浮かんでくるんじゃない」
「そう言われても、後は母さんくらいしか思いつかないよ。それか俺の出てるテレビとか雑誌とかを欠かさず見て趣味嗜好を調べ上げた相手とか」
「そう、少なくとも私でないのは確かだし、私も分からないから。それじゃあまた」
「ああ、ありがとう」
 ピッと電話を切った瞬間、バニラの口から大きなため息が漏れ出た。クイズ番組で例えるところの、最早正解にも近い大ヒントを開示した状態にも関わらずそれでも首を傾げるトレヴァーの顔を思い浮かべただけで、どうしようもなく向っ腹が立ってくる。最後の最後に嘘をついたのも精一杯の反抗、意地悪からくるものだった。
 投げやりにソファーに全体重を預け、手にした携帯電話をじっと見る。またトレヴァーと話す気は無い、せめて今日一日は相手が誰なのか悶々と悩み苦しめば良いんだ。バレンタインは男女限らず「意中の相手」に贈り物を渡す日だと知らない限り、答えには辿り着けないと思うが。
「……さて」
 誰もいないリビングにバニラの声が響き渡ったところで、バニラはショートカットキーで隣家に住む幼馴染へと電話を繋げる。おそらく、いや確実にトレヴァーに見落とされている相手。にも関わらずトレヴァーをどこまでも信奉する者。私が彼の立場だったら、あの反応をされた地点で家に乗り込んでいただろう。
「あ、もしもし?私よ私。今年も家にチョコレートが届いたから、好きなだけ持ってっていいよ……全部?それでも良いけど?……流石にそこまでは持ってかないかー」
 電話の向こうで呑気に会話をする相手は、いつも通りの調子で返してくる。元気が良すぎるほど元気で、その態度が逆に一緒にいて落ち着くのも彼との付き合いが長い証拠だ。そのため、しばしば悩みを聞いてはアドバイスする事もあった。今日もいつもの相談とアドバイスが必要になるのを感じながら、バニラは続ける。
「ところでさ、想いを伝えるならもっとド直球にぶつけないと相手は一生気付かないと思うんだけど」

- - - - - - - - - -
あまりにも薄情で朴念仁なトレヴァーのバレンタイン話でした。エリトレのハッピーなバレンタインはCPにならないと発生しないイベントですね。
六本のバラの「お互いに分かち合おう」はクリスマスの話にも繋がってくる話題なので、それでも分からないってなればトレヴァーは相当鈍い奴って事になる。まさかエリックから貰えるなんてハナから考えてないから仕方のない話ではあるけど。
←back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -