少しは愛をください | ナノ
少しは愛をください

ガラル全土で放送されている百貨店のクリスマスシーズンCM

 デリバードの俳優扮する配達員が雪の降るクリスマスの夜の街を駆け回っている。彼は毎日仕事に追われており、今日も仕事に駆り出されているのである。
 やがて全ての荷物を配達し終え、疲弊した彼が噴水に座り込むと、その横で路上ミュージシャンに扮したトレヴァーがギターを弾きながらスーパートランプの『少しは愛をください』のワンフレーズを歌い出し、それに呼応するように周りのエキストラの町民達が一斉に続きを歌いあげる。映し出される夜空にきらめく街の灯りとイルミネーション。
 CMは終盤にさしかかり、小さなイーブイの少女が歌いながら配達員にプレゼントの包みを渡すと配達員はぱっと笑顔を輝かせ、カメラが噴水全体を映し出すように引いたところで百貨店のロゴと「分かち合おう、愛と幸せを」のキャッチコピーのアナウンスが流れる。



 キルクスの街は冬になると保養地兼社交場として、ガラル中から様々な貴族が訪れる。爵位の低い者から高い者まで、タイミングを合わせた訳でもないのに不思議と多くの者達が集まってくるのだが、クリスマスシーズンになるとその半数は慣れ親しんだ邸宅に帰っていく。やはりクリスマスだけは出先より自宅で祝いたいという家はそれなりに存在し、トレヴァーの家もそれに該当した。
「やっぱり人が多いな」
 モトストークの街に帰る前日、白い息を吐きつつトレヴァーはキルクスの街を歩いていた。既に地元に帰った貴族もいるが、歩く人々の身なりを眺めれば明らかに良質な服に身を包んだ者が多い。ここの町民達が萎縮していないだろうか、と先日街に住む親友に尋ねた場面が蘇る。
「地元民はこの時期大通りには近付かないよ、ポケモンというポケモンでごった返して面倒だから、皆地元民しか知らないような小さな通りを歩くようになるんだ」
 なるほど、と街を見回して思う。昼下がりの街は、数日後に迫ったクリスマスムードを盛り上げるべく様々な装飾で彩られている。どの職種の店の窓にもクリスマスの飾り付けがされているだけでなく、街路樹にはイルミネーションの電飾が巻かれている。夜になれば煌びやかに光るそれは、今見ると無機質で滑稽な姿に見えなくもない。
 押し寄せる貴族を避けながらホテル・イオニアのある円形広場にたどり着いたところでトレヴァーは金色に光る腕時計に目を落とす。約束の時間より少し早く着いてしまったらしい、とは言え喫茶店で紅茶を飲むまででもない中途半端な暇をどうやって潰そうか。思案する彼の目がぱっと見開いたのは、広場中央から少し離れたところでアイスクリームを売る屋台を見つけた時だった。甘い物が苦手なトレヴァーだが、レモンシャーベットであれば口に入れることができる。
 どうかレモンシャーベットがありますよう。「冬のアイスも美味しいよ!」と寒風に吹かれながらも活発なバニリッチのアイス売りの元へ歩き、尋ねればありますよ、と笑顔で返される。
「ハッピーホリデイ!」
 山吹色のシャーベットを渡されながら言われた言葉に、改めて季節感を感じる。ここ数年はクリスマスも含めて全く実家に顔を見せていなかったため、久しぶりに両親と過ごせるクリスマスが楽しみだった。流石にクリスマスプレゼントは貰えないが、暖かい家で家族とゆっくり語らう団欒の時間があるだけでもトレヴァーにとっては幸せなひと時だった。
 約束の時間はレモンシャーベットを食べ終えたグッドタイミングでやって来た。広場の中央にある温泉の近くに腰掛けて、残った棒切れで遊んでいたトレヴァーの目に白いコートのモスノウの青年が映る。深緑の瞳を持つ彼はトレヴァーを見るな否や一目散に彼の元へ駆け寄ってきた。
「トレヴァー、待たせたか?」
「いや、それ程でも」
 トレヴァーが棒切れをゴミ箱に投げ入れると同時に青年エリックが隣に座る。親友にして理解者の彼に会うのは今年はこれが最後だ。明日になればトレヴァーは地元に戻り、年明けまで邸宅でのんびり休暇を取る。せめて帰るまでに彼の顔が見たかった。
「見たぞ、君の出てるCM!一躍有名人になったな!」
 開口一番エリックが出した話題にトレヴァーは苦笑いする。彼の言うCMはガラルの主要都市にはどこにでもある、チェーン店の百貨店が毎年クリスマスに出すCMの事で、トレヴァーは今年のCMに出演しているのである。ギターが得意だ、と監督に語った瞬間それじゃあ、とギターを持たされた撮影現場のワンシーンを思い出す。
「まだまだって域さ、本当にちょい役だし」
「馬鹿言うな、自分を誇れって。今じゃ貴族としての君より、パフォーマーとしての君の方が知れ渡っているんじゃないか?」
「それなら嬉しい話だね」ふんと鼻息を鳴らす。「貴族として見られるより、パフォーマーとして見てくれる方が有難い」
 今回のCMの出演依頼も、最近ガラルで知名度を上げているポケモンとしてオファーがかかったものだった。それだけパフォーマーとして有名になりつつある事実は自信にもなる。来年は更なる飛躍の年になりますよう。
 エリックはそんな自分の活躍を自身の事のように喜んでくれた。彼は活動を始めた時から今に至るまでずっと手紙を送り続け、励ましてくれる。今回のCM出演の時はいち早く電話をかけてくれたりもした。それだけ自分に入れ込んでくれる存在には照れ臭さもあるが、燃えるものもある。周りから得た活力はパフォーマンスやその他の活動で返しているが、エリックから貰った分はいよいよそれだけでは返せなくなっている。
 暫く二人はCMの出来についての話題に花を咲かせた。あの俳優が実は出演していたって知ってたか?それは知らなかった、それより今回選曲も良かったな、耳に残る曲で。愛を分かち合おうって感じの歌だし、俺も良いと思うな。
「それにしても愛と幸せを分かち合おうなんて、幸せは分かるが愛なんて誰と分かち合うんだろうな」
 話が一段落した頃、背後の温泉の煙でシルエットが曖昧になっているエリックが、CMのキャッチフレーズを呟いてふと空を見上げた。いつも通りの曇天の雲が空を覆う景色。雪が降ってもおかしくない天気だ。まっすぐ上を見るエリックの横顔と深緑の瞳は、詩人らしい思慮深さの他にどことなく寂しさも感じた。
「ほら、僕達に恋人なんていないじゃないか」
 ぱっとトレヴァーに視線を移した時も、エリックは空元気を出すかのように笑顔を作ってみせた。時折エリックはこんな表情をする。その度にトレヴァーは彼の真意を探ろうとするのだが、心の中は混沌として何も見えない。すっかり打ち解けた仲でも伝えられない事の一つや二つはあるのは分かっているが、エリックがため息をつくたび、トレヴァーは彼のことが気になってならなかった。
「親愛とか、友愛って言葉もあるぞ。別に恋人じゃなくても、エリックだって家族とか友達くらいはいるだろう」
「……そうか、そうだったな」
 トレヴァーなりに考えて発した答えだったが、エリックはどこか釈然としない様子で組んだ手に目を移す。これ以上の答えがあるというのか?更に頭を巡らせてみても何も思いつかない。隣人愛の言葉も付け足すべきだったか、と冗談を言える雰囲気でもなく、ただ胸をキュッと締め付けられるような思いだけがトレヴァーに残る。魔法が使える身ではあるが、相手の心を読む魔法は持ち合わせていない。今この場で使えればどれほど良かったものを。
「あー……それとも、そうしたい相手がいるとか?」
 まさか、と思いつつ閃いた言葉も口にしてみる。エリックに思い人がいるなんて今の今まで聞いた事がない。それどころか自由を謳歌したいとやって来るラブレターに片っ端からお断りの返信を書いてよこす男なので、考えた試しもなかった。確かに、その可能性はあるなと口にしながら思うが、エリックは頭の触覚を軽く動かしただけで沈黙したままだった。感情豊かな相手故、図星だとしたら何かしらリアクションを起こすと思っていたのだが、いよいよ何も分からなくなってくる。彼が頑なに隠したがっている事は何なのだろう?流石のトレヴァーもこれ以上思考するのが面倒になってくる。
「エリック、ずっとそうしているなら持ってきたプレゼントはあげないぞ。友愛や親愛に興味が無いみたいだからな」
「えっ」やっとエリックが顔を上げる。目を見開き、信じられないと言った様子で。「ま、待ってくれ、そういうつもりじゃ……」
「ふふっ、嘘だよ」
 強硬手段が成功したところで、トレヴァーは手にした鞄からラッピングされた緑色の袋を取り出した。彼と会う約束をしたのは、贈り物を手渡したい理由もあったからだ。いつも世話になりすぎていて、恩を何で返せば良いか分からなくなっている相手に、少しでも何か返せたらと考えたもの。実のところ、これだけでもまだ足りないと考えているくらいだ。
 プレゼントを渡してもエリックはまだ困惑した様子で、いつもの手先の良さはどこへやら、ぎこちなく紐を解く作業に取り掛かる。寒さで手がかじかむなんて事は氷タイプの彼にはあり得ない話だ、そんな状態になるまで考え耽っていた事が結局何だったのか、額にうっすら汗をかくエリックに問いただせる雰囲気でもなく、トレヴァーはじっと彼を見守る。今はプレゼントが喜んでもらえるだけで良い。
「童話集?」
 袋にはいかにも高級そうな装丁のハードカバーの童話集を三冊入れていた。子供向けではなく、大人向けに編集されたもの。昔エリックが今に至るまでこの童話作家の童話を読まずに育ってきたのを後悔している、と言っていたその作家の本を本屋何軒も探し回って見つけたのだ。
「……読みたかった本だ!よく分かったな!」
「昔君が言ってたじゃないか」
「そうだっけ?でも嬉しいよ、一生大事にする」
 まるでぬいぐるみを抱きしめるように優しく本を抱き抱えるエリックの姿に、トレヴァーは安堵の他に胸の奥に温かいものを感じる。発熱器官の熱とは違う、むず痒いような、高揚感のような何か。先ほどの辛気臭さはどこへやら、無垢な子供を思わせる表情で本をパラパラとめくって感触を確かめるエリックを見ていると一層込み上げるものがある。これが嬉しいという感情なのか、少し違う気もするが嬉しいという感情として処理する事にした。
「そうだ、僕からも」
 次はひとしきり本の手触りを楽しんだエリックが鞄から手のひらほどの大きさの箱を取り出し、トレヴァーに渡す番となった。箱は軽く、入っているものが検討つかない。首を傾げているとエリックが「早く開けてみろ」と催促したため、トレヴァーはゆっくり赤い包装紙を破り、白い箱を開いた。
「……髪飾りだ!」
 壊さないよう恐る恐る手に取った髪飾りは、キョダイマックスのバタフリーをモチーフにした形状をしていた。ガラスの白い翅にダイマックスのオーラをイメージした紅が散りばめられており、飾りの中央には複眼を思わせる翡翠が埋め込まれている。炎のように揺らめく自慢の髪にもばっちり似合いそうだった。
「キョダイマックスバタフリーだよね、でもバタフリーって緑色の目だったっけ」
「それは……」エリックが一瞬言い淀む。「色違いモチーフだからさ、バタフリーの色違いは目が緑色なんだ」
 「へえ」一瞬翡翠の色にエリックの目を連想したが、偶然だろう。確かに手足をイメージしたガラスもピンク色をしている。
「大切にしろよ、僕がラテラルの工房まで行って頼んだ一点ものだからな」
「オーダーメイドって事!?」
 にっと笑うエリックから思わず目を逸らす。クリスマスプレゼントにしても豪華すぎて、先ほど自分が送ったプレゼントが霞んで見える。俺ももっとちゃんとしたもので返すべきか、考えたところで思いついたのは夕飯に良さげな店でディナーを奢る事くらいしか思いつかない。嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで押し潰されそうになる。
「見返りなんか考えるなよ、日頃の僕の気持ちだ。どうしてもって言うなら次のパフォーマンスでそれを付けて舞台に立ってくれ」
「それで良いのか?」
「ああ、髪飾りだって喜ぶだろうし」
 次の公演までに髪飾りに合う服を調達しなければ、トレヴァーがゆっくり顔をエリックの方に向けると、彼はいつもの自信げな表情を浮かべていた。
「トレヴァー、ハッピークリスマス。ニューイヤーもかな」
「そうだね……ハッピーホリデイ」
 エリックが親友で良かった、こんなに愛のこもったプレゼントは他にはない。頭の中で百貨店のCMを再生しながら思わずトレヴァーは顔を綻ばせた。心の中では今も温かい感情が溢れている。あまりの嬉しさにこのままキョダイマックスしてしまうかもしれない、いや、これは嬉しいという感情だけでは言い表せない気がする。この正体を髪飾りを握りしめて考えてみるが、答えが見つからないうちに手に白く冷たい粒が落ちてきて思考は中断された。
「雪だ」
 横からの声に合わせて空を見上げると、灰色の空からちらちらと雪が舞い始めているのが見えた。今はこの雪も贈り物のように思えてくる。反射的に温泉の近くから立ち上がり、手で雪を受け止めているとエリックが笑い声を上げる。
「トレヴァーって、可愛いところもあるよな」
「良いじゃないか、嬉しいんだから」
 嬉しい以外にも様々な感情が渦巻いている、とは上手く言葉に言い表せず、トレヴァーは暫く雪景色を楽しんだ。明日自分は家へと帰る。だが家族との団欒のところにエリックもいたらどれだけ楽しいだろうかと手のひらで溶けゆく雪に思いを馳せながら。

- - - - - - - - - -
その愛が果たして親愛や友愛から変わる時が来るのだろうか。
という感じで、昔のアマゾンのホリデイシーズンのCMと曲からヒントを得て書いた話でした。原曲も良い歌なので一度聴いてほしい。
百貨店のCMはジョン・ルイス(イギリスの百貨店)の毎年恒例のクリスマスCMのイメージです。毎年泣かされるから困る。

Give A Little Bit本当歌詞もメロディーも最高なんですよ……!そのうちCPになった二人のお気に入りの曲になって、クリスマスの時期に歌うようになってほしい。RWRBで言うエルトンのYour songみたいな扱いのイメージ。
←back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -