夏の道を往く | ナノ
夏の道を往く

 じりじりと照りつける太陽光に顔をしかめながら汗を拭う。例え芯から氷を溶かしにかかる日でも、冷気を身にまとうというすべを身につけている以上大抵の熱を凌げると自負しているが、途方もない魔術の腕を持つリナルドを以てしても絶対という言葉は無い。例えるならクーラーを物凄く低い温度でフル稼働させているようなもので、それ故今は先に自らがオーバースペックで倒れるか、その前に冷房の効いたバールにたどり着けるかの瀬戸際にいる状況だった。手が塞がるからと日傘を持ってこなかったことを後悔しつつ、睨みつけた太陽の眩しさから逸らすように目線を下に向ければ、このかんかん照りをものともしないマヒナがフリルをあしらった淡い水色の日傘を手に、石畳をスキップするように歩いている。
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
「ああ、平気だ」
 両腕にかかった買い物袋を持ち直す。今のリナルドは自分だけでなく、数個の買い物袋の中身とマヒナにも冷気をまとわせているため、普段なら耐えられる昼下がりに若干の暑苦しさを覚えていた。それでもマヒナを心配させまいと空元気を出せる程度の気力は残っている。ただのそのそ歩く足とトットコ跳ねるように歩く足は少しずつ距離が離れており、前を行くマヒナが「保護者から離れないように」の言いつけを守ってスキップをやめた時には流石にリナルドも己の体力の消耗ぶりを実感した。
「マヒナもてつだう!」
「重いぞ?マヒナには持てない」
 頭の中で、砂漠の中を大きな水瓶を頭に乗せて歩く奴隷の姿を思い描いていたリナルドの妄想にマヒナが割って入った。相変わらず日差しは肌を焼き付けてくる程に鋭く、時折吹き付ける風も湿気を帯びた不快な熱風だ。舌打ちしたいところをぐっと堪えられるのは、目の前の少女の存在が大きい。彼女の前ではどんなに暑かろうが不機嫌な姿を見せまいとしている。
「おにいちゃんがマヒナをつめたくしているの、たいへんだってわかるから」
「これくらいなら大丈夫だ、おにいちゃんは強いからな」
「……でも、マヒナだってできるもん」
 潤んだ瞳で見つめられてはこれ以上意地を張る気力も削がれてしまう。同年齢の子供より頑丈でも、小さな少女に重いものを持たせる訳にはいかない理性が残っているリナルドは少し考えると、果物の入った小さなレジ袋をマヒナに持たせた。
「いいか、引きずるなよ」
「うんっ!」
 誰かから何かを任された時のマヒナは心なしか生き生きとしているように見える。駆け出そうとする彼女を制止しながら、少しだけ軽くなった買い物袋を抱えてマヒナの横を歩き始めた。


「アローラはずっとこんな季節なんだろう、よくマヒナは過ごせたな」
 バールの冷房が汗だくの体を心地よく駆け抜ける。窓から離れた席に座り、氷を浮かべたコーヒーの冷たさに目を細めるリナルドの向かい側では、マヒナがストロー片手にアップルジュースに浮かんだ氷で遊んでいる。外の地獄から天国に退避した事でリナルドも幾分機嫌を良くしており、多少のマヒナの粗相は大目に見る事ができた。自分はエルミニアと違って礼儀に関しては根っからの鬼ではない。
「マヒナ、ずっと雪山にいたからへいきだったよ」
「そうか」
 それもそうだ、と頷く。思い返せばマヒナは滅多にふもとに降りる事は無かったと以前語っていた。それでも数ヶ月間ふもとの村の住民の家にいた時期もある筈だが、彼女の辛い記憶を無理に想起させようとは思わない。その時期は彼女なりに何とか切り抜けられたのだろう。
「羨ましいな、いっそ俺達もバカンスの時期は雪山に行くか?」
「うーん」ストローを持つ手が止まり、モクローのように首を傾げたままマヒナが神妙な顔つきで固まること数秒。「どっちでもいい」
「それはまたどうしてだ?」
「雪山もいいけど、マヒナ、いまの季節をもっとしりたいから!」
 やれやれ、と今度はリナルドの手が止まる番だった。暑さを体験していない身だから言える言葉なのだろうと思いつつ、旺盛な好奇心を持つ彼女だからこその答えには苦笑するしかない。この先ずっとこの国に住むなら何度も何度も経験する事になる、だったら今のうちに慣れておいても損はない。無論この暑さも含めて、徐々に。
「あのね、ししょーがいってた。いまはトマトとかナスがおいしい季節なんだって!」
「成る程」
「どんな時でもいいことはぜったいあるんだって。だからマヒナもさがすの!」
「良い事、か……」
 マヒナのししょーことエルミニアは、リナルドよりも遥かに長い年月を生きている魔女だ。そんな年長者の言葉であれば何となくこのうだるような暑さも少しだけ許せる気がした。こんな時期に良い事なんてあるはず無いとは思うが、エルミニアの忍耐強さを見習うのはありかもしれない。
 コーヒーのグラスに口をつけるリナルドの向かいでマヒナがようやくストローを正しい使い方で使い始める。良い事と言えば前にルドヴィコさんが、今の時期は憂鬱だけど冷たいものを飲み食いするのは今が一番良いとか言ってたっけ。何でそうなのかは思い出せないが──。
「おにいちゃん、このリンゴジュースおいしい!」
「良かったな」
「うん、なんだかいままでのんだやつよりも、すっごくおいしいの!なんでかな」
「それは……」
 思い出した。額に汗をかきながら太陽に文句を垂れるルドヴィコさんが、嬉しそうに語った言葉が蘇る。あれだけ日差しが嫌だ、今だけ北国へ逃げると散々嘆く彼が不思議と最後はこの言葉で締めるのだ。この意味が今までリナルドには分からなかったが、マヒナを見て、手元のコーヒーに視線を落として、少しだけ彼の言う事が理解できたような気がした。冷房の風が乱した髪を掻き上げながら、リナルドは口を開いた。
「暑い時期の特権、だな」

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ツイッターの「夏という言葉を使わずに夏を一人一個表現する」タグで書いたリナルドとマヒナちゃんの小話でした。
クオリティ的にこれは、となりつつサイトに置ける程度には整えられたのでこっちにだけ。同じタグで書いたドンとオーレリアの話と描写が似たり寄ったりなのは、この話を元にあっちの話を書いたからなのでした。
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