無邪気な彼女 | ナノ
無邪気な彼女

「可愛いワンピースでしょ」日傘から顔を覗かせるオーレリアが笑いかける。
 自然公園の木々の通りを並んで歩く彼女は、このうだるような暑さの中でもいつも通りだ。お気に入りだと言う白とレモン色の水玉模様の日傘を片手に、レモン色の薄手のワンピースと真っ白なボレロを身に纏った姿。紫のリボンが揺れるカンカン帽を被り、上機嫌にドンの横を歩く。
「今の時期しか着れないから、暑くなってくれて逆に良かった」
 そんなオーレリアの愛らしい姿を拝めるのは大変有り難いが、ドンはこの肌を容赦なく焼きにかかる日差しが苦手だし、吹き込める湿気を伴った粘っこい熱風も不快でならなかった。オーレリアのようにお気に入りの服も思いつかず、只々今の時期は早く過ぎてくれないものかと願うばかりだった。
「でも日焼けするねか」
「それはもう、日焼け止めと魔法で対策済みだよ」
 にっと微笑むオーレリアの首筋を一筋の汗が流れる。いくら日傘をさそうとも、じりじりと照り付ける日光の魔の手からは逃れられないのを否応にも突き付けられ、思わずドンは太陽に鋭い視線を飛ばす。この恨みはオーレリアの分も込みだ。
「こうも暑いのは苦手だ」
「やっぱり暑がりだから?」
「それもあるが、皆今の時期になるとこう言ってくるん……『お前で肉を焼けばさぞかし美味いだろうな』」
 はがねタイプ故の渾身のジョークも、友人達から長年に渡って言われ続けては辟易してくる。特に親友のウォルターから言われるのは風物詩と化しており、その度彼の肩を小突くのが定番になっている。そんな状況がドンの身にはあるのだが、何も知らないオーレリアは耳にした瞬間口を押さえてプッと噴き出し、暫く笑いが止まらない様子を見せた。木陰で熱気が和らいでなかったら彼女のことも小突いていただろうと思いつつ、ドンは大きく溜息をつく。
「ごめんね、でも確かに今の季節ってバーベキューとかするよね」
「コンロなり窯なりを用意してやれって話だべ」
「ふふっ、そんな話をしてたら私も久しぶりに食べたくなっちゃったな。昔よく家族とやってたんだよ、ネリーなんか仕切り役に徹しすぎて余った野菜ばかり食べる羽目になったりして……」
 それから妹が、姉がと楽しそうに話すオーレリアの横顔を眺めながら、ドンは暫く背中に張り付いた汗の感触を忘れていた。チャーミングな笑顔がいつもより眩しく見えるのは日がいつもより照り付けているからだろうか。ともあれ、こんなに楽しく話している様子を見ると自分もバーベキューがやりたくなる。オーレリアと一緒でも良いが、ウォルターやコーネリアを誘って賑やかに開催しても良い。哀れな役回りのコーネリアに肉を恵みつつ、この日だけは自分の鋼の翼で食材を焼いても許してやっても良い気持ちになる。
「今度バーベキュー行くか?」
「本当!?休暇中ならいつでも行けるよ!」
 もしかすると学生のオーレリアは長期休暇に入ってるのもあってこんな元気なのかもしれないと今更思いつつ、どんな出来事であれ彼女の思い出に自分が居れたらそれは幸せな事だ、とドンは微笑みながらTシャツを摘んで体を扇ぎ始めた。この暑さもたまには良いかもしれないと木陰に目を落としながら。

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ツイッターの「夏という言葉を使わずに夏を一人一個表現する」タグで書いたドンとオーレリアの小話でした。
場所のイメージはハイドパーク。
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