01あの日の残滓
「どうですか、赤城先生」
昨日はあまりにもショックすぎて、酒井先生のお誘いをキャンセルしたんだけど、どうしても食べてほしいと懇願され、今日になってその店に来た。
ここは小さなフランス料理専門店。
でも、中に入ってみればお客さんがたくさんいて、間接照明に静かに流れるクラシックがこの店の落ち着きを演出している。
出てくる料理も美味しい。
「ええ、素敵なお店です」
「ホントですか!?」
「ええ、落ち着いたお店ですし、料理も美味しいです」
「それはよかったです! 何となく、赤城先生の好きそうなお店だなと思ったので、ご紹介したくて」
「ありがとうございます」
昨日はみっともない姿を晒してしまったと言うのに、酒井先生は嫌な顔一つせずにこちらにずっと人懐っこい笑顔を見せてくる。
それに昨日のことも聞いてこないし……優しい男性だ。
「今日はホントにありがとうございます」
「いえいえ! ──今日は元気がなさそうでしたので、半ば強引に連れてきてしまったのに……こちらこそ、ありがとうございます」
「そ、そう見えました?」
「はい。その……差し支えなければでいいんですが、何が……?」
じっと子犬のような目で私の目を見る。
その目が私の真意を汲み取ろうとしているように見えて、視線を逸らす。
「えーと……好きな人にフラれまして……」
「えっ、赤城先生みたいな美人がですか!?」
「え、ええ……」
一応、嘘はついてないよね……。
何となく、罪悪感が残る。
「へー、赤城先生みたいな方でもそういうことってあるんですね……」
私の歯切れの悪さを理解したつもりだろう、酒井先生はふぅ、と一息吐いて、パスタを一口食す。
「僕も以前、付き合っていた彼女にフラれちゃったんですよ。やっぱり、教師って忙しいし、……それで疎かにしちゃったんです」
「そうなんですか?」
「ええ。だから今度こそ、別の彼女をその……大事にしてあげたいなって思うんです」
口に含んでいた麺を飲み込んで、目を伏せつつも私を一瞥する。
その視線に気づき、私はパスタをフォークに巻きつける。
昨日から思ってたけど……もしかして、酒井先生……私のこと──。