15春告げ風

 ──数ヶ月後、卒業式が行われた。
 まだ寒さ厳しい中だというのに、風は暖かくて空も雲一つない晴天。
 まるで、巣から飛び立つ雛鳥たちの背中を押すようにして。


「卒業おめでとう、凌君」

「ありがとうございます」


 屋上で、この高校を離れる生徒達で賑わう地上を見つめながら、祝いの言葉を口にする。


 卒業する生徒の一人──大好きな彼が持つ花束は風に揺れ、私の元まで門出を祝う甘酸っぱいような香りが届けられる。


「凌君の目指す学校になった?」

「うーん……実感がないですね。先生はどう思います?」

「私も同じで、分かんないかな。でも、それってつまり、いいことなんじゃないかな。ほら、変化より維持のほうが難しいって言うし。私は今の学校が好きだよ」


 凌君は首を捻り、何か深く考え込んでいたようだったが、それは一瞬のことで首は元の位置に戻り、縦に振られた。


「それもありですね。俺もこの学校が好きです」

「うん。もう、そういうことにしよう」


 打ち合わせたように二人の笑い声が重なる。


 話が一段落すると、ふと胸に宿る思いが喉元まで込み上げてきた。
 それは教師としての嬉しさであり、彼女としての淋しさだった。
 最も後者に相応しい声のトーンで呟く。


「凌君も卒業かぁ……」

「淋しいですか? 俺がいなくて」


 表情は見ないが、声色からしてからかわれていることは分かった。
 私はそれに頬を膨ませて答える。


「もうっ、またそうやって言うんだから……。そりゃあ、淋しいよ……」

「大丈夫ですよ。大学に行っても、綾菜先生に会いに行きますから」


 そう、凌君は大学に行く。
 教育学部に通い、教師を目指すらしい。


「その約束、ちゃんと守ってよね」

「はいはい」


 ふわっと春の訪れを知らせる風が吹き抜ける。

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