第一話 二頁


「さて、お嬢さん、いや、美桜さんだったね。君は先刻、どうして護衛がつくのか分からないと言ったね?」

『はい。養父(ちち)は昔から、私が養子となった時からずっと私の事を大事にしてくれているのです。
このティーテーブルも、紅茶が好きな私の為にと買ってくれ物なんです。』


ティーテーブルを掌で撫でると、買って貰った時の事を思い出してつい表情が綻んでしまう。

あれから何度ここでティータイムを過ごしたことか。


「美桜さんはお父さんの事、大好きなんですね」

『もちろんです。余り会う機会は持てませんけれど、私の事を気に掛けて下さっているのは分かっていますから。』


中島さんはほっとしたような表情で笑っていた。

柔らかい空気が流れた時、それを裂くように乾いた音が部屋に響いた。

冷たいノック音のあとに女性の声が続く。


『どうぞ、入って』

「失礼致します。お茶をお持ちしました。」

『ありがとう。ここへ置いて下さい。』


ほとんど音を立てる事無くティーセットを広げると、彼女はお辞儀をしてこの部屋を去った。

私は小さく息をついて、つい先刻失った空気を取り戻そうと紅茶に手を掛けた。

暖まったティーカップからはふわりとバニラの甘い香りが漂った。


『これ、私の一番のお気に入りの紅茶なの。甘くていい香り。お父様がくださったの。』


思わずそう呟いて、はっとする。


『あ、すみません。私今、敬語を…。』

「うん、そっちの方がいいよ。君にはそちらの方が似合ってる。」


今まで黙っていた太宰さんは肩肘をついて笑っていた。


『そう、でしょうか?』

「僕もそう思います。美桜さんは今の方がいいと思います。」

『今?』

「あ、えっと、済みません!さっきなんか雰囲気が冷たくなったというか、なんというか……」


冷や汗を掻きながら必死に弁解しようとする中島さんを見て、太宰さんは必死に笑いを堪えていた。

私はもう、部屋の外が冷たい空気に覆われていることを忘れていた。


『あ、あの、落ち着いてください!大丈夫。私も分かっているから。』


部屋の外は寒い。

一年中、今日のように雪が降っているかのように冷たいし寒い。


『私は他人が苦手なの。どうしても…。』



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