トランプ兵と女王様


目の前には大きな城があった。
赤い薔薇があちこちに咲き乱れている。
薔薇以外の花はないかもしれない。
それも色は赤だけ。

振り向くとこの場所に繋がっていたあのドアは消えていた。
消えたというよりは元からそこにはドアなど存在していなかったのだろう。
あのドアが空間を切り取って繋げていたようだ。

今アリスは綺麗に並べられた煉瓦の道の上に立っている。
後ろを振り向けば薔薇だらけ。
地形にあちこち高低差があるようで、今アリスがいる場所からも大体の庭の様子が見てとれた。

(この薔薇のお庭、迷路になっているのね。迷ったら出られなそうだわ。)

しばらく庭を見ていたが、今の目的は女王に会うことで、こんなことをしている時間はない。
アリスが城に向かって一歩踏み出した時だった。

「おい、何をしている」
「ここはハートの城だ」
「許可証はお持ちか?」
「許可証がなければこれ以上進ませるわけにはいかぬ」

(そうよね、お城にそう簡単には入れないわよね。でも女王様にはお会いしないと…。)

いつの間にやら4人の騎士が立っていた。
赤、青、オレンジ、緑。

それぞれの色の服を着て、胸の辺りには隊章がある。
ハート、スペード、ダイヤ、グラブ。
中でもハートは一番飾り立てられている。

ダイヤだけ女の人だった。
しかし細められた目には威厳がある。
そして全員の腰には剣と銃が吊るされている。

『あの、私の話を聞いていただけませんか?』
「なんだ?」

アリスに対応したのはハートの騎士だった。
笑顔ではあるがアリスは何か恐怖のような緊張感を抱いた。

『私はアリスと申します。私は、この世界の住人ではありません。
リオという少年にこの世界に連れてこられました。
そしてここの住人達に、女王陛下に謁見するようにと言われました。
ですから私は許可証は持っていません。ですがどうか、許可を頂きたく存じます』

ハートの騎士は少し悩むとグラブの騎士に視線を飛ばした。

「今すぐ閣下に確認を取れ」
「はっ」

グラブの騎士は走って城内に消えていった。

「確認は2、3分もあれば出来るだろう」

(時間の感覚はあるのね。)

「それまではしばしここで待て」

ハートの騎士はそれから一切口を開かなかった。
他の騎士も同様に、話さず、動きもしない。
とても長い時間に思える程の空気感だったが、程なくしてグラブの騎士が戻ってきた。
ハートの騎士に耳打ちすると、一歩下がって他の騎士と同列に立った。

「確認が取れた」

アリスは手をぎゅっと握って、ハートの騎士の目を見た。
ハートの騎士は相も変わらず目の笑っていない笑顔だったのだ。
もしも認めて貰えなければ、もうアリスにはどうすることも出来ない。
力を込めたアリスの手は少しだけ湿っていた。

「貴女は確かに宰相閣下のお客人のようだ。
歓迎いたしましょう」

ハートの騎士の表情からいつの間にか凄味は消えていた。
ハートの騎士は右手を胸に当て、左手を腰の辺りに回して頭を下げる。

「只今、宰相閣下が女王陛下に取り次いで下さっています。謁見の間に到着する頃には準備は整っていましょう。
それでは、私めがご案内致します」

場内はほとんどが白であった。

壁や柱、天井が全て白で、太陽の光が反射すれば眩しいだろうほどにくすみなど一切ない。
純粋な白。

柱は彫刻がなされている。
もちろん色は白一色なのだが、だからこそ見いってしまいそうだった。

床は大理石だろうか。
よく磨かれていて、まるで鏡のように周りのものがセピア色で写り込んでいた。

しばらくそんな廊下を歩いて、今目の前にある大きなドアまで辿り着く。
やはり白一色の彫刻が施されたドアだった。
ドアノブはよく磨かれたシルバー。

そのドアをハートの騎士がゆっくりと開け、アリスに中に入るように促した。

ほとんどが白の中で、真っ赤な薔薇柄の玉座に続くカーペットはとても印象的だった。

カーペットの奥、数段高いその場所には美しいドレスを身に纏った女性が椅子に座っていた。
片方の椅子は空いている。
彼女が座るのは玉座。
もう一方の椅子よりも大きめの造りになっている。

「ああ、そなたがアリスか?うちの宰相がつれてきたという子か?」
『はい。その通りでございます、女王陛下』

格式高い、プライドの高そうな声が部屋に響く。

アリスだけではない。
女王の近くに控える兵士やメイドまでもが緊張で体を強ばらせている。

しかし続けて謁見室に響いたのは少女のような声だった。
女王はクスクスと笑ってみせると椅子から立ち上がる。

「あらあら、そんなに堅っ苦しいのは無しでよろしくってよ。さあ、顔を上げて。
わたくしもいつものように致しますから、貴女もそうして下さる?」
『え?』
「あ、そうね、これじゃ無理ね」

女王は周りを見ると階段をゆっくりと降りて、アリスの手をとる。
それから後ろを振り返ってまたあの声でこの場にいる者達に告げた。

「部屋に戻る。供はいらぬ。ああ、紅茶と茶菓子の用意を。アリスがいるのだから、いつもよりいいものを持ってこいよ?」

ぴりぴりした空気の中、また彼女の声は柔らかいものに変わる。

「さあ、行きましょうか」


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