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「実は理緒に知って置いて欲しい事があるんだ。」


半兵衛のその一言を聞いた私は全てを悟った。







「こうして君と話すのも最後になるかも知れないね。」

「そんな不吉な事言わないでよ。」


春も近いこの季節は尖ってばかりいた風もだんだん丸みを帯び、雪の下に隠れていた草花たちはもうすぐ花を咲かせそうである。

今はまだ蕾の桜の木。その木の下で二人肩を並べ合う。

理緒と半兵衛はこうして話すのが日課であった。

訳も分からず現代から何百年も前の戦国時代に来てしまった理緒を最初に発見し、優しく手を差し伸べてくれたのは他でもない彼、半兵衛だった。

身寄りなど当然あるはずない理緒は、周りにうまくとけ込めず、独りぼっちどここにいた私に声を掛けてくれたのも彼である。

最初は面白半分だったのかも知れないが、何回か二人で話すうちにいつの間にかそれが日常のうちの一つとなったのだ。

だけど、それも半兵衛の言う通り、今日でお終いになるかも知れない。

明日、彼は秀吉と共に日の本を統べるべく、最後の決戦とも言える戦に出向くのだ。

中には手強い相手もたくさんいて、彼の頭脳と力をもってしても苦戦は間違いないだろう。

おまけに結核持ちときたものだ。病状は深刻で、ひどく咳き込むことも多かった。

それなのに彼は進み続ける。決して立ち止まろうとはしない。


「どうしても行くの?少し休んでからとか…」

「心配してくれるのはうれしいけどもう決めたことなんだ。済まないね、君を独りにさせてしまう。」

「ううん。私は信じてる。あなたは必ずまた私のもとに現れてくれるって。」


私も心の中では分かっている。これが最後の会話になるかも知れない事を。

だけど…

悔しい。

私にもっと力があれば…。

せめて一度でも現代に帰ることが出来れば結核の薬などいくらでも用意できるのに。

そうすれば少しでも半兵衛を助けてあげられる。

だけど私にそんな都合のいい機能は備わっていない。神とは皮肉なものだ。

ぎゅっと拳を握り締める私を風は嘲笑うように通り抜けていく。



「もうすぐ桜の季節だ。」



半兵衛が言った。


「ここの桜か満開になったらとっても綺麗なんだろうな…。」

「その時は僕が桜の名所を案内するよ。もちろん君と二人で…ね。」

「ホントに!?嬉しい!楽しみだなぁ……って、半兵衛、さっき…」

「僕も少しだけ信じてみようと思ったんだ。君の夢見る未来をね。」


驚きで目を大きく開く私の頭を半兵衛はそっと撫でてくれた。

その時の彼の瞳は一瞬だったが、戦場では決して見せないだろう、どこか哀しげで、優しい瞳をしていた。

もしかして気を使ってくれたのかも…。

今まで、ずっとそばにいてくれた人がいなくなるのはとても悲しいこと。それを分かって彼はそういったのかもしれない。

でも嬉しかった。半兵衛がそう言うと本当にそうなる気がしたから。


「ふふっ…。」

「何が可笑しいんだい?」

「え?あぁ…ふふっ、何でもないよ。ちょっとね…。」


いきなり笑いだす私を怪訝そうに見つめる半兵衛。

そんな彼に私はそっと寄り添い、空を見つめる。彼もつられて理緒から視線を外し、同じく空を見上げた。


「ずっと…ずっと待ってるから。この桜の木の下で、また会おうね…。」

「約束するよ。必ず帰ってくるってね。」

「約束だよ。嘘ついたら針千本だからね。」

「君は最後まで面白いな。」

「あはは、冗談冗談。

     ……絶対…………帰ってきてね…。」


半兵衛は何も言わす優しく抱きしめてくれた。途中、泣きそうになったけどずっと我慢した。

彼を涙で送りたくなかったから。

そんな私を分かってか、私の心が落ち着くまでずっとそのままでいてくれた。








それから数日後、あれからずっと私は独り。









彼はついに帰ってくることはなかった。