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「こんにちは、理緒ちゃん。」

「あぁ、名取さん。こんにちは。」


名前を呼ばれて振り返れば、数カ月ぶりに会う久しい顔があった。それは決して嬉しい、とかそういう類のものではないけれど。
祓い屋の間で時々開かれる会合。目的は祓い屋同士の情報交換や仕事の依頼など様々だけど、私にとってはかなり憂鬱な時間。
何でも、表では俳優業、裏ではこの祓い屋家業をやっているらしい、『名取周一』とやらに毎度と言っていいほど話しかけられるのだ。特にこれといった用件があるわけでもない。それなのに懲りずに話しかけてくるから、微妙にしつこいのだ。なら此処に来なければいいという話なのだが、それはそれでつまらないと、こちらも懲りずに来てしまうのだから、どうしたものかといつも思わされる。


「君に逢いたくて、ずっとこの日を待ちどうしにしていたんだ。」

「何を言ってるんですか。そんなのろけたこと言ってると、柊さんに怒られますよ。」

「本気で言ってるんだけどなぁ…。…でもそれなら私のことなんて無視すればいいじゃないか。」

「そ、それはまた別の話です!別に名取さんと話したくて此処に来てるわけじゃないですからね!」


何なの、この人は!

理緒はもう知らない、と踵を返して歩き出す。
するとそれに続いて名取さんもついてくる。

ムキになって早足で歩いても、曲道をたくさん曲がってみても、彼は私の後ろをひたすらついてくる。

何なんですか!と後ろを振り返ってきっ、っと名取さんを軽く睨もうとした、その時____


「きゃぁっっ!」

「危ない!!」


名取さんの叫び声が聞こえた時にはもう私の体は床に突っ伏していた。

体に奔る痛みを堪えて起き上がると、私の目の前には暴れまわる妖怪の姿が目に入った。その大きさゆえに一瞬怯み、体が動かなくなった私を妖怪は見逃さなかった。体の大きさに似合わぬ速さでこちらに迫り、もうダメだと理緒は目をぎゅっとつぶった。

…しかし想定していただろう痛みはいつまで経ってもやって来なかった。何が起きたのか一瞬わからず、閉じていた目をそっと開ける。


……するとそこには、私を庇うように立ち、妖怪と対峙している名取さんの姿があった。その手に握られているのはまじないが書かれた紙が刺さっている棒きれ。


「な、名取さん!」

「ここは危ないから私に任せて君は逃げなさい!さぁ、早く!」

「は、はい!」


言われたままに立ち上がり、入り組んだ屋敷の中をただひたすら走る。
どのくらい走ったのだろうか、体力があまりない私はすぐに息が切れてしまって、近くの壁に力なくもたれ掛かっていると、やがて私を探しに来たのか、名取さんの姿が見えた。私を見つけると、名取さんは一瞬安心したような顔を見せ、今にも泣きそうな顔をしていた私の頭をくしゃっと撫でた。


「こんなところで妖怪に襲われるなんて災難だったね。…怪我はないかい?」

「私は大丈夫です。でも名取さんが…」


よく見ると彼の左腕には傷がついていた。きっとさっき私を庇った時につけたんだろう。


「…なんで、」

「え?」

「なんで助けたんですか?私なんかを。あれだけ名取さんのこと冷たくしてたのに。」


そうだ。今だって、助けてもらったお礼すら言えない。そんな私をなんで名取さんは庇ってくれたのだろう。


「なんで、って、そりゃあ…」

名取さんはそう言いかけてから、いつもの営業スマイルではない、本当の笑顔で言った。



「君のことが、好きだからだよ。」



ほらまたそういう冗談を。
涙をぽろぽろ零しながらも紡いだ言葉はいつもみたいに憎たらしかったけど、そっと抱きしめてくれた名取さんの腕からもう逃げようなんて思わなかった。


分かっていたのに虜になった

(甘すぎる笑顔の罠で)
(けれどその笑顔すらも今となっては愛しくてしょうがない)