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「…で、事情を説明してもらおうか。」


土方さんが腕を組みながら話を切り出した。



あれから私たちは一旦屯所に戻って話を訊こうということになったんだけど…


何を話せばいいのか分からない。

そもそも私はなりたくてこうなった訳ではないわけで。

こうして囲まれて縮こまっているはめになるなんて誰も想像すらしないだろう。

だから今自分が分かっていることだけをきちんと話そうと思った。


「実は……えっと…」


気を失って倒れて、気づいたらあそこに立っていたんです。

なんで私がここにいるのかとか、なんでみなさんといるのかとか、全く思い出せないんです。

でもみなさんの名前や、ここが何処なのか、とかはちゃんと分かるんです。


私は説明に少々戸惑いながら一通り事情を説明した。下手くそだったけど、皆分かってくれたみたい。


「つまり記憶は無いが、人名や地名などの知識はある、ということか。」


すると今まで真剣な瞳で私を見据えていた斉藤さんが問いかけた。

私の話していた事を瞬時に理解した彼に驚きと感心を覚えつつ、結花は頷いた。


「…だそうだが、どうするんだ?土方さん。」


原田さんがそう言ったあと、皆の視線が一斉に、副長である彼、土方さんに向けられた。

土方さんは一瞬考え込むような素振りを見せたあと、はぁ、と溜息をついた。


「記憶が無くなっちまったんなら仕方ねぇ、思い出すまでここで保護するしかねぇだろ。」

「つまり私は……」

「しばらくここに居れるってことだ。良かったな、結花ちゃん。」


永倉さんがそう言って笑いかけてくれて初めて 結花はほっとした。

このまま殺されちゃうんじゃないかとずっと思ってたから…。

と、その時だった。




「もう一つ、お前に聞きたいことがあるんだ。」




……土方さんのその一言で、少しだけ緩んだ空気がまた張り詰められた。

そんなに重大なことなのかな…?

結花は固唾を飲んで次の言葉を待つ。




「変若水って、分かるか?」






__________変若水。


飲めば驚異的な程の回復力と強靭な肉体を手に入れることができる秘薬。
しかし飲んだ人間は活動時間が真逆になり、夜な夜な血を求め狂う`羅刹`となってしまう。



…これも私の頭にしっかりと 知識 として残っていた。



「やっぱり知ってるのか。」



土方さんがはぁ、と溜息を吐いて言った。

変若水って、そんなにいけないものなのかな?
…まぁ、効果からして危なさそうなのは確かなんだけど。


記憶がないってやっぱり不便だなぁ…と思っていると、沖田さんが、私の方を見て言った。


「なんで君がこの薬を知ったかは僕たちからは言えないけど、とりあえずは記憶を思い出すことから始めたら?」

「じゃあ、まずは巡察にでも着いて行ってもらうか?」


平助くんが私に同意を求めてきたので、ありがとう、と一言言ってから結花は頷いた。







この時代に来てから数日が経った。あれから何度か巡察の出させてもらってはいるものの、記憶は全く戻らない。


そして今に至る。外はもう真っ暗で、暗闇を照らす蝋燭が怪しげに揺らめく。


障子を開けると落ち込む結花の髪をまだ少し肌寒い春風が撫ぜた。


まず私が思ったことは、服装や風景はもちろんのこと、食事までがまるで違うってこと。
現代ではテーブルの上で食べるのが普通だけど、この時代はお膳での上に食事が乗っていて、猫背になってしまいそうなところをなんとか頑張った。

…慣れるのにはやっぱり時間がかかるなぁ。

私は内心で溜息をつくと、障子を閉め、い草の香りがする畳に座り、現代で言うポニーテールを解いた。


私は髪はそんなに長くないし、髪質も悪かったから、肩に流れる艶のある髪を見たときはどうしたらこんな綺麗に保てるんだろうと思ったくらいだ。


寝る準備をするために袴に手を掛けたら、障子の向こう側から声が聞こえた。


「ちょっといいか。」


いきなりでびっくりした結花は少し着崩れた袴をすぐに直すと、どうぞ、と声を掛けた。

入ってきたのは土方さんだった。
こんな時間に何の用かな?

いきなりの訪問で吃驚している結花に土方さんはぶっきらぼうに言った。


「…生活の不便はないか?」

「は…はい、一応大丈夫ですけど…。」

「そうか、何かあったらいつでも言ってくれ。」


土方さんはそう言うなり、さっさと部屋を出ていってしまった。
もしかして心配してくれたのかな?

…最初は目付き悪そうで、なんだか怖い人だなぁ、と思ったけど、根はとっても優しくて、皆のことちゃんと気に掛けてくれている人なんだ。


そんなことを考えながら、障子を開けっ放しでぼうっとしていたら、すぐ横から突然声を掛けられた。



「土方さんが、なんで結花ちゃんにあんなに甘いか分かる?」

「わわっ、沖田さんっっ!い、いつから居たんですか!?」

「んーと、最初からかな?」


沖田さんは壁に寄りかかり腕を組んだまま笑った。
さっきから驚いてばっかりで、なんだか心臓がもちそうにない。


「土方さんは、結花ちゃんと一緒にいると、気配とかに鈍感になるんだよねー。良いんだか悪いんだか分からないけど。」



「あの…、どういうことか分からないんですけど…。」


「あれ、結花ちゃんって意外に鈍感だったんだね。意外だなぁ。」


沖田さんはにやにやしながらこちらを見ている。
私に甘い?私と一緒にいると鈍感になる?どういうことだろう…。









「……結花ちゃんはね、…土方さんの恋人だったんだよ。」












「そ、そうだったんですか!?」



私が土方さんの恋人!?
もう何がなんだか分からなくて声も出ない。


…そういえば、記憶を失う前の私はどんな人だったんだろう?

それを沖田さんに聞くと、沖田さんは少し考えるようにして、


「……度胸のある娘だったよ。皆から恐れられてるあの鬼の副長に怖がりもせず話すんだから。初めは土方さんもびっくりしてたけどね。きっとそんな君に惚れちゃったんだ。」


「そうなんですか…。」



笑いながら話す沖田さんを見て私はなんだか心が冷たくなった。





_________きっと沖田さんが話している結花と私は違う。








「それじゃあ、僕はもう行くね。」




私は沖田さんが歩いていった後をじっと見つめていた。






さっきの沖田さんの話を思い出すと、胸がちくちくする。

もともと私は21世紀の人間だ。
記憶をなくしてしまったわけでもないんであって。


でも知識だけはあって。


やっぱり私おかしいんだな…。


あれから数日、皆と過ごして、それがとっても楽しくて、記憶なんか戻らなくていいって思ってたのに。


記憶なんて、きっと最初からあるはず無いんだ。



私が、土方さんの恋人を奪ってしまった。



結花の瞳から、涙がひと粒ぽろりと溢れた。でもそれ以上に涙は溢れてこなくて。



私が、奪った。


私は皆を騙している。





私は、最低だ__________。