逃げるように廊下を走る。


(……声、かけられなかった)


「お前らは生徒でオレは教員」と、小野寺さんの誘いをハッキリと断った、先生の言葉を思い出す。


(やっぱり、先生への恋って、叶わないものなのかな……気持ちを伝えたら、迷惑になるのかもしれない)



うつむいたまま角を曲がったところで、急に目の前に人が現れた。


楓子「わ…!」
佐伯「おっと!」


勢いがついたまま、その胸につんのめりそうになると、サッと肩を支えられる。
顔を上げると、現代文の佐伯先生が優しく笑って私を見下ろしていた。


佐伯「楓子ちゃん、大丈夫?」
楓子「…あ、はい、平気です!」
佐伯「廊下を走っちゃ危ないよ?」
楓子「ごめんなさい! 正面衝突しちゃうとこでした…」
佐伯「いや、俺は全然構わないんだけどね?」


そう言いながら、佐伯先生がかがみこんで顔を近づける。


佐伯「よくあるでしょ? 曲がり角でぶつかりそうになってキ―」
大和「こら」
楓子「わ……」


急に、肩をグッと後ろに引かれる。
思わずひっくり返りそうになった背中が、力強い腕に受け止められた。


楓子「あ……」
佐伯「なんだ、鴻上先生」
大和「佐伯先生、うちの児玉に手を出さないでもらえますかね」


見上げると、佐伯先生を睨む鴻上先生が、私の体を支えてくれている。


(先生…向こうにいたのに、来てくれたの……?)


大和「そのうち問題になりますよ? 生徒に対するセクハラで」
佐伯「…じゃあその手は大丈夫なのかな?」
大和「は?」


視線が、私の体を支える手に移る。


大和「…これは!」
佐伯「はいはい、分かってますよ。真面目な鴻上先生は、生徒に特別な感情を持ったりしない、って。ね?」


念を押すように言う佐伯先生に、私から手を離した鴻上先生が押し黙る。
なんだか不穏な空気を感じて、思わず声をかけた。


楓子「…あの」
佐伯「ああ、ごめんね楓子ちゃん。大人の話しちゃって」


佐伯先生の目が、メガネの奥で意味ありげに笑う。


佐伯「そろそろ職員会議が始まるから、俺は行くね。じゃあ、鴻上先生はまた後で」


そう言って去って行く佐伯先生を見送る。
姿が見えなくなったところで、少し気まずそうに鴻上先生が口を開いた。


大和「…なんも変なこと、されなかったか?」
楓子「はい、私がぶつかりそうになっちゃっただけで、佐伯先生は何も…悪くないです」
大和「それならいいけど……」


ふと、沈黙が降りる。


(…あ、今、渡せるかもしれない…!)


突然訪れたチャンスに、鼓動が速まる。


楓子「あの…! 先生…」
大和「ん?」


カバンからプレゼントの包みを取り出そうとした、その時―。



ピンポンパンポーン


アナウンス『業務連絡。物理の鴻上先生……』


大和「…やべぇ」


(この声……“姿の見えない理事長”の声だ!)


アナウンス『大至急、理事長室に来〜い!』

ぶちっ!


一方的なアナウンスの後、マイクが乱暴に切られる。


大和「……全く、人遣いの荒い理事長だ。じゃあな、児玉。気を付けて帰れよ?」
楓子「あ…は、はい」


そう言って、鴻上先生は背中を向けて行ってしまう。


(……プレゼント、渡せなかった)


背中に残る先生の腕のぬくもりを思い出しながら、私はガックリと肩を落とした……。



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